父さんな?
青山喜太
第1話 父さんな? 呪われたみたいなんだ
「は?」
小説家ワナビーである俺、
「え? 父さん何を言ってんの? 呪われた? 何、急にスピリチュアルになって……」
「まあ聞いてくれ」
茶を啜りながら父さんは言う。
なんだ急に夕食の焼き鮭の味がしなくなるじゃないか。
「この前、父さんな出張……行ったろ?」
「うん……知ってる短期のやつだろ?」
「その時のな……その、地方の村で呪われたらしいんだ」
「え……」
信じられない、呪われたなどと言う会話が目の前の中年男から発せられることが。
「呪われた……? 冬のこの時期に……?」
「関係ないだろう季節は」
「いやなんかタイミング悪いなって、こういうのって普通、夏が多くないか?」
「そういえばそうだな……まぁ呪いのシーズンオフに父さんは呪われてしまったと言うことだ。その証拠に最近、おかしなことあっただろう?」
おかしなこと、なにも思いつかない。
父さんにはあるのだろうか心当たりが。
「その様子だと気づいてないようだな」
「え? 父さん心当たりあるの?!」
「ああ、ある。ちょっとスマホを見せてみろ」
「え、い、嫌だ……」
「いいから!」
圧に押されて俺はソファに置いたままだったスマホを渡す、もちろん画面ロックも解除して、だ……どう言うことだ俺は全く気がつかなかったぞ。
父さんにはわかるのか?
すると父さんは俺のスマホ、タップしながらつぶやいた。
「くっ……!!」
父さん!? 「くっ……!!」ってなんだ?! 何かわかったのか!? 何か起きているのか!? の、呪いが!?
すると父さんは俺にスマホの画面を見せて言う。
「見ろ……霊障だ……」
スマホの画面には文字が映し出されている。
ごくりと息を呑んで俺はその文字を見つめた。
─────────────
「りょうくん、おはよー!!」
重みに違和感を感じふと目を覚ますモレ、こと神崎リョウはいつもの景色にあくびする。
「だから起こしにくるなっていってだろ? アケミ」
俺はため息を着きながら、幼馴染の明田アケミをどかし起き上がった。
「だってりょうくん起きないんだもーん!」
リスのようにほっぺたを膨らませるアケミ、全くスタイルもいいし出るとこ出てるし、黙ってれば可愛いやつなんだがな──
「──って、これ俺の小説じゃねえかあああ!!」
俺の叫びが食卓に響き渡る。
「どこら辺が霊障なんだよ!!」
すると父さんは、スマホを指差して言う。
「よく見ろ! 霊障だ!」
「え?! どこ!?」
「見ろ……誤字脱字がひどい」
「それは俺の実力不足ゥゥゥ!! 純然たる不足ぅぅ!!」
確かに「オレ」のところが「モレ」になってたりしてるけどそれは違うんじゃないか!?
恥ずかしいけど?! それは違うんじゃないか!?
「それにまだあるぞ!」
「え?! 誤字以外に!?」
なんだ!? 一見これ以上、おかしな点はなさそうだが……。
「なんか、お前の小説のヒロイン、スタイルいい子多くない?」
「いいだろうが別に! 俺の性癖だろ! 作家性だろうが!!」
「それに神崎リョウってお前……なんかお前の名前に似て──」
「ああぁぁぁ!! もう殺してくれー!!!! いいじゃん! 自由じゃん!!」
すると「コホン」と父さんが咳払いを「とにかく」と話を続ける。
「こんなふうに、愛する息子の小説に霊障が起こっているのは事実だ」
「父さん、ありのまま息子を愛せませんか?」
「もちろん、涼太、お前だけじゃない、父さんにも出ている」
「聞けよ!」
すると父さんは訥々と語り出した。これまであった霊障の話だ。
深夜にラップ音がするとか言う軽いものから、どこからともなく包丁が落ちてきたなどの洒落にならないものまで……。
思いの外やばいなと思いつつ俺は、根本的な話を父さんに聞いた。
「父さんはなんでこうなったか……つまり原因の心当たりはあるの?」
そう、ここまで呪いなどと言うスピった話をする父さんは珍しい、何か心当たりがあるはずなのだ。
「……ある」
やはり……か、父さんはついに重いんだか軽いんだかわからない口を開き語り出した。
原因となった地方の出張の話を。
─────────────
「ああー萌え声声優になって、ASMR配信してぇなぁ!!!」
その時、父さんな……酔ってたんだ。
出張に来たは良いものの、先方との取引は後輩が急に名刺交換中に屁をこいたことで御破産。
悪い話、マジで悪酔いしていた。
年甲斐もなく明け方近くまでドカ食いもしてな……。
しかもストレス発散のために、頭ネクタイ上半身ハダカ中年となって、千鳥足ランニングしてた……。
そんな時だ、アレが起きたのは。
「うっ……腹が……」
アルコール、そしてドカ食いによる腹下し、それが起こった……。
父さんは探したさ、トイレを。
幸いランニングしてたおかげで山中に来てた、だからここで最悪腹の中身をフライアウェイしても良かったと思ったんだが……。
それは流石に野生動物すぎると思ってな、そしたら見つけたんだ、きったねぇ公衆便所を。
助かった! そう思ったよ。そしてな、思い切り腹の中身を父さんはひり出して、ポケットティッシュでケツ拭いて……。
全てから解放された気分だった……。
あの時の空の色覚えているよ……夜は明け……朝焼けのホリゾンブルー……。
だがな同時に酔いも醒めた父さんは嫌な予感がした。
なんだ……この悪寒は……。
そう思って振り返ると……そう、公衆便所じゃなかったんだよ……。
父さんが公衆便所だと、きったねぇ便所だと思ったそれは──。
──祠……だったんだ……。
「いや◯ねぇぇえぇぇ!!!」
俺は腹の底から想いを吐き出した。
「何ホラーテイストで野糞した話してんだ、このミドルエイジクライシス親父が!!」
「な! ミドルエイジクライシスッてない!」
「萌え声声優になりたい時点でなってんだよ! 中年の危機に!! つーかなんだよ! なんで便所と祠まちがえてうんこするんだよ!! そりゃ呪うわ! 仏でも呪うね!」
俺の叫びに、父さんは縋るように立ち上がった。
「しょうがないだろ! 父さんで限界だったんだ! 苦しかったんだ!」
「腹が!?」
「心もだ!!」
とにかく、俺たちはこのままでは埒が明かないと判断した。
しかし祠を壊したのならまだなんとかなりそうなものだが、果たして脱糞を許す神はいるのだろうか……。
俺たちは不安になりながら、その父さんの出張先へと向かった。
全ての元凶を取り除くために……。
文字通り父さんのケツを拭くために……!!
─────────────
某県、某所、某村の山中、底冷えの深夜3時、俺たち2人は立ち尽くす。
「ここか……」
父さんの言っていた祠はすぐに見つかった。
なぜか、と言うと理由は単純だった。
──注意、なぜか神様が荒ぶっておられます、皆様は山中の祠に近づかないようにしましょう。
と、書かれた紙切れがこの田舎の村に入った瞬間、寂れた掲示板にデカデカと書かれていたのが目に入ったからだ。
それも住所と地図つきで。
「父さん、やばいよもう、この村に祟りが出るレベルに怒らせてるよ!!」
着いて早々、口からついて出る俺の叱責に父さんは顔を顰める。
「もうしょうがないだろう!! いま愚痴っても! ほらライトの電池が切れる前にお供えするぞ!!!」
そうだ喧嘩してる場合じゃない、父さんと俺が、最大限の誠意─
──ウンコをして、すいませんでした。
と言う最大限の、スキー台のジャンプよりも難易度が高く、スカイダビングよりも勇気のいる謝罪をしなければならない。
そのために、俺たちは「思い立ったが吉日」と言う諺にならい、全ての予定をキャンセルして車を飛ばしてきたのだ。
お供えものは父さんに任せ、俺は車をすぐにレンタル、最大限の最善を尽くして這いずるように、車を飛ばした結果、こんな深夜になってしまったが後悔はしていない。
謝罪はスピードが命だ。
「さあ、父さん、お供えものを!!」
目の前にある祠は一見綺麗なように見える、ウンコなどない! だが確実に待っている……! 謝罪を……!! そんな空気を確実に感じ取れる!!
「わかってる!! いくぞ!!」
そう言って、思いっきり父さんはリュックに手を突っ込む。
くるぞ、父さん厳選のお供えものが!!
「はい! テキーラぁぁあ!!」
「くたばれぇぇぇ!!!」
我が父の右手にしっかりと握られていた、テキーラの瓶。
それを見た瞬間俺は叫ぶ。
「何がテキーラだ! イキリ大学生か!?」
「いいだろうがテキーラ! 度数が高い方が神様も喜ぶ!」
「せめて日本酒だろうが!!」
「いいんだよ! 日本酒なんてありきたりだろうが!」
「なんでそこでちょっと尖った部分見せようとすんだ! ふざけんな! 全く! 父さんに買い出し行かせたのが間違い──」
──トクトクトクトク……
「──父さん……?! 何して……!?」
「何してって祠にテキーラかけてる」
「バカじゃねぇの!? 墓でもしねぇよ!!?」
「え?! ダメなの!?」
「ダメだろハゲ! コラ! バカハゲコラ!」
「ハゲっ……ハゲてない!!!」
どうしようと言うのだ、これ以上の無礼を働いては挽回のしようがない!
「父さん! もういい! 次だ!」
俺はテキーラの空き瓶をとりあえずその辺に置き、父に指示する。
「くっ! わかった!」
「くっ」じゃねえよと思いつつ、再び、父さんはリュックから物を取り出した。
「花火ぃ!!」
「父さん?」
「じゃあ一発芸やります、花火を……ええと……五本咥えます!!」
「父さん!!!!」
手持ちの花火五本、火をつけて口に咥えた愚父。おそらく芸でもして許してもらおうとしたのだろう。
咄嗟の出来事だとしても止められなかった俺にも、責任はあった。
結果から言おう。
テキーラに大引火した。
「父おおさああん!!」
もはや無礼とか無礼じゃないとかそういう問題ではない、燃え上がる祠を前に僕は思う。
信仰に対する宣戦布告である。
もうダメだ……父さんを連れて逃げようと思ったその時である。
「貴様ら……ええ加減にせえよ!」
キレ気味の声が響く。
「え!? 誰!?」
間抜けな父の声に呼応するように、彼女は炎の中から出てきた。
白い狐面、黒い長髪に、巫女服、身長は140センチほどの少女だ。
まずい、ホラーの大ボスみたいなのがやってきた。
「もう我慢ならん! 呪いを直接!! 喰らえ!!」
少女の怒号が響く。
やばいやはり神様だった! 父さんに向かって黒い気体のような線が伸びていく!
呪いに違いない!
「うおおお!!」
父さん! まずい! 逃げて! そう言おうとした瞬間だ。
──パシん
と言う音を立てて、呪いはかき消えた。
「ほわ!?」
「あれ!? 父さん無事だぞ!」
何事かと勘繰る、その時、狐面の神様がわなわなと震え出す。
「お、お主! どんな人生を送ってきたんじゃ!? いろんな神から呪われまくっているではないか!?」
俺はあんぐりと口を開けた。罰当たりな父だと思っていたが、そんなに……?!
「こ、これでは呪いと呪いが干渉しまくって、正常に届かん!」
そんな携帯の電波みたいなんだ、と俺が関心していた次の瞬間だ。
「おのれ! ならば! 物理攻撃じゃ!」
神様は柔軟に思考を切り替えて父さんに襲いかかってくる。
まずい愚父に比べてIQが100ぐらい違うぞ! この神様!
「ぎゃああ! 助けて涼太!!」
「まずい逃げて父さん!」
怖れ戸惑う父に対して俺は再び叫ぶ。
だが神様の方が速い!
「覚悟じゃ!!」
だがその時だった、神様は踏んでしまった。
テキーラの空き瓶を。
「のじゃあ!!!」
神様はひっくり返った。盛大に。
「あ、あ……大丈夫……ですか……」
愚父が心配そうに話しかける。すると鼻を啜る音が狐面の下から響いてきた。
「グス……まじで帰れお前らぁぁ……なんでウンコ不法投棄された挙句……グス……ヒク……家、燃やされるんじゃあ……!」
本当にまじで、すいません。
その後、俺たち愚父と愚息は神様を慰めた。
父が買ってきた菓子(最初から出せや)を神様に全部、献上し、泣きじゃくる神様のメンタルケアを夜明けまですることになったのだ。
その日の夜明けのあの青を俺は生涯忘れることないだろう。
─────────────
「グス……バカ息子……貴様はよくできておるの……グス」
「いえいえ……当然のことですよ神様……愚父が本当にすいません……」
「お詫びに誤字脱字の霊障は消しといてやる」
「いや! それ! アンタがやってたんかい!!」
めでたし、めでたし?
父さんな? 青山喜太 @kakuuu67191718898
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