第11話 2
「クオリティオブスクール、その名の通り生徒の学校生活の質を上げるための部です」
「ああ、クオリティ・オブ・ライフのパクりか」
そう呟やくと、黒板に明久里の掌による衝撃が加えられ、轟音とも呼べる音が響いた。
「パクりではありません。皆の寄り良い高校生活のためです」
「ふーん。で、アニメ何作くらいに影響された?」
「2、3作です⋯⋯」
「昨日はそれで眠らなかったんだな」
呆れて溜め息が止まらない。
「まあいいや、どうせ生徒の悩みを解決する部活なんだろ?」
「いえ、それもありますけど別にそれだけでは」
「というと?」
「もっと広い範囲で。たとえばカラオケでタンバリン役になったり、部活の試合で応援したり、その他諸々」
「後者は分かるけど前者は学校生活関係ないだろ」
「いえ、放課後や休日も適用されます」
「もはやただの便利屋じゃないか⋯⋯」
実際に活動するとなれば面倒な気もしなくもないが、そう都合よくそういった依頼なんて舞い込んで来るものでも無いだろう。
「まあ要するに、魚が食べたい人の為に釣り方を教えるだけではなく、料理したり一緒に食べたり、なんなら私達が釣ったりもする部活です」
「幅広い要求に応えていくってことか。なるほどな」
実際問題、ほとんど部屋で過ごすだけの部活になることは目に見えている。
下手にボランティア部とか清掃部とか作られるより遥かに良い結果だ。
「でクオリティオブスクール部か。長いな」
「そこは略してQOS部です。クォス部です」
明久里が手についたチョークの粉を払いながら言った。
「発音しにく⋯⋯もう少しいい名前なかったのかよ。QOSももうあるし」
「色々考えたのですが、二番煎じになりそうだったので。Quality of serviceとは全く意味が違うので問題なしです」
「⋯⋯さいですか。まあいいですなんでも」
どうせ俺は家庭科部が無い日にこの部屋に居るだけなのだ。
もし依頼が来たとしても明久里が対処するだろう。
夕暮れの学校内に、運動部の声が響く。
特に、校庭で練習している女子サッカー部と女子ソフト部、それと軟式野球部の声が。
さらに南校舎の方から、吹奏楽部の演奏と、コーラス部の合唱が聞こえた。
本来であれば、明久里には聞こえてくるような活気的な部でも、家庭科部や文学部のように静かに活動する部でもなんでもいいから、何人か人が居て触れ合える部に入って欲しかった。
もちろん運動部で実際にプレーすることは出来ないが、サッカー好きならマネージャーになるというてもある。男子サッカー部のマネージャーにはできないが。
こんな斜め上の選択をするとは思っていなかった。
それも斜め上の動機で。
「とにかく、私はここで皆さんの役に立ちたいんです。ひとりでも多くの生徒に寄り良い学校生活を送って貰うため。はじめさんも副部長として手助けしてください」
なんて、胸に手を当てながら言っているが、そんなこと微塵も思っていないだろう。
明久里としては、すぐ部長になれるなら何でも良かったはずなのだから。
「てことで、今日は帰りましょう。今日の夜SNSで公式アカウント作ります」
「校内限定なら要らないだろ⋯⋯あとお前は炎上しそうだからやめろ」
いい方に転びそうにないのですかさず止めると、明久里は無表情のまま、何を考えているのか分からない目で、俺を吸い込むように凝視した。
怒ってるとも言えない表情と雰囲気が異常なほど怖い。
「その目10秒くらい見つめてたら命取られそうだからやめてくれる?」
頼んでもやめてくれない。
目を逸らせばいいだけなのに、何故かブラックホールに吸い込まれるように逃れられない。
「⋯⋯クッキー食べるか? もうすぐ焼けると思うけど」
「はい。では行きましょう。今日の部活は終了です」
食べ物につられいつもの様子に戻ると、明久里はこちらに向かって進み、自分の鞄を掴み、横のポケットから教室の鍵を取り出した。
「私は鍵を返しに行くので、先に家庭科室に行ってください」
「⋯⋯ああ、家庭科室に来んだ」
「はい。暇なのでおじゃましようかと。それにもしかしたら早速活動できるかもしれませんし」
「つい今しがた部活は終了って言ってたけどな」
直ぐに発言が翻る様に、呆れて笑う。
ふたりで教室を出て、明久里が扉と鍵を閉める。
どうせ明久里は2階の職員室へ行かなければならないので、俺は鍵が閉まるのを待たずに廊下を歩き出した。
一足先に家庭科室へ入ると、すでに部長達はクッキーを焼き始めていた。
ほんのりと熱された生地の甘い香りが鼻をつつく。
「おかえり業平君。碧山さんはどうだった?」
部長が教室の後ろに5つあるオーブンの残りに丸や正方形に型抜きしたクッキーが投入しながらこちらを向いた。
皆は暇なのか自由に過ごしていて、生地を作るのに使ったボウルや泡立て器などはもう洗って乾かされている。
「なんとか新しい部作れたみたいです。なんか賭けに負けてたけど」
「賭け?」
「いや、それは気にしなくていいです」
先生のことは秘密にしておいた方がいいだろう。
噂が広まれば冗談抜きで首が飛ぶ。
「そっかぁ。それで、どんな部活作ったの?」
「えっと、Quality of School部。略してQOS部です。キューオーエスでもクォスでも呼び方はどっちでも」
「ふーむ。碧山さんは個性的なセンスの持ち主だね〜」
オーブンを閉め、スイッチを入れ、部長はふっと息を吐いた。
よく見ると、台の上にはまだ生地が残っている。
これはきっと、オーブンの中身が焼きあがったら、配る係と焼く係に分かれるだろう。
「で、部の中身はどんなことするの? 名前的には人助け?」
部長はいつもの前方の席へ向かわず、オーブンに近い後ろの椅子に座った。
俺もそれに習い、部長の斜め前に腰を下ろして荷物を置いた。
「人助けもするみたいですけど、なんかそれだけじゃないみたいです」
「へぇ、どんなこと?」
「んー、例えれば放課後誘われて遊ぶ、みたいなことも活動内容に入ってる感じで」
「ほんとっ!? じゃあ私が碧山さん連れ回してもいいの?」
突然目を輝かせた部長の声が弾む。
「それは知りませんけど、部長は明久里の何がそんなに気に入ったんですか? 1日相手しただけですよね」
「うーん。だって碧山さん可愛いじゃない。なんか子犬っぽくて。あの顔で毒舌気味なのもいいし。何考えてるのか分からないところも好き」
随分変わった趣味をお持ちの部長に、言葉が出てこない。
他の3人は俺達を気にせずスマホを見ているが、内心どう思っているのだろう。
「そういえば、碧山さんにクッキーのこと教えてあげた?」
「はい。もう来ると思います」
「そっかそっか」
ニコニコ上機嫌に頭を揺らしながら、部長は両目を入口に向けた。
2階の職員室からここはそう遠くないので、そろそろ来てもいいはずだ。
「もしかして⋯⋯」
ポケットのスマホを確認すると、案の定。
席を立って廊下に出ると、明久里は扉の横で立ち止まっていた。
「人見知りなのかアクティブなのか分かりにくいなほんと」
明久里は行儀よく背筋を伸ばしながら、鞄を体の前に持ってきた両手で握りしめていた。
顔色はいつもと変わらないが、やや表情が強ばっている。
そうでなくとも、心拍が高めなので緊張しているのは明白だ。
「仕方ないじゃないですか。クッキーに釣られて来たのはいいですけど、ほんとに歓迎されてるのか分かりませんし」
基本図々しい人間だが、そういう所はしっかりと深く考える。
「心配しなくていいから、部長は待っててくれてたぞ。ほら」
躊躇する明久里の後ろに回り込み、背中を押して無理矢理部屋に入れる。
「わぁ、碧山さん」
顔を輝かせた部長だけでなく、ほか3人の視線も集まる。
「部長、どうやら初仕事として完成したクッキーを各部に渡すのを手伝うらしいです」
独断で言うと、明久里は戸惑って振り返った。
戸惑いで揺れる横目が輝く。
「ほんと? ありがと碧山さん。じゃあ頼むね」
満面の笑みを浮かべた部長はこちらに歩き、明久里の両手を掴んでブンブンと激しく振った。
明久里の鞄もそれなりに重いはずなのに。
「あああと、碧山さんも部活掛け持ちしない? 業平君みたいに」
振り回した腕をピタっと静止し、部長が伺う。
「いえ、私はこっちに集中したいので遠慮します」
「あ、そう? なら仕方ないね」
一瞬瞠目した部長だが、またすぐ笑顔に戻った。
明久里の背を更に推し、先程の席へ戻ると、明久里も隣に座った。
てっきり部長は明久里に色々話しかけるかと思ったが、朗らかに明久里を見守っているだけで特に話しかけはしない。
オーブンの加熱音が鳴り渡るだけの家庭科室は、明久里にとっては当然居心地が悪いだろう。
と思いきや、案外そうでも無いのか、ただ呆けている。むしろ明久里が気になって俺の方が過ごしずらい。
しばらくして2つのオーブンがほとんど同時にチーンという音を鳴らす。
すると部長と安藤さんが立ち上がり、棚の引き出しの中にあるミトンを両手に装着し、オーブンからクッキーを取りだした。
焼きあがったクッキーの甘い香りとバターの芳醇な香りが広がる。
この匂いを嗅ぐだけで食指が動く。
隣の明久里は表情こそ冷静だが、鼻の穴が膨らんで息づかいもやや細かくなっている。
「そんなに期待してたのか」
「いえ、これはただ動悸がしてるだけです」
「それはほんとに困るからやめろ」
認めたがらない明久里を無視し、富山君と共に器を用意する。
それぞれオーブン皿に敷かれたクッキングシートの両側を掴み、クッキーが落ちないように気をつけながら、器へ移す。
ひとつのオーブンで30個くらいは焼けて居ただろうか。
部長達が空になったオーブン皿をオーブンに戻すと、片岡さんが型抜きした生生地を新しくクッキングシートを乗せたオーブン皿に並べた。
その作業があと3回、つまり全てのオーブンで1度クッキーが焼き上がると、部長がそれを小袋に分けた。
「じゃあ碧山さん。これをグラウンドの野球部とサッカー部とソフト部に渡してもらっていいかな」
部長が透明なビニール袋に詰められたクッキーの袋を明久里に渡した。
受け取った明久里は、硬い表情のまま目をぱちくりさせた。
「分かりましたお引き受けします」
「部長、俺もついて行っていいですか」
念の為同行することをお願いする。
「うん。いいよ」
快く許可してくれた部長に一礼し、明久里と共に下駄箱へ向かい、靴を履き替える。
「じゃあ明久里、俺はサッカー部に渡すから、ソフト部と軟式野球部は頼む」
明久里が3つ抱えた袋の内、ひとつを取る。
「⋯⋯どうしてですか」
ワンテンポ遅れて自分の手元を確認し、俺を見てきた。
「これは明久里が部長から依頼されたことだからな。俺はあくまで付き添いと手助けだ。それともしチャンスがあれば部活の事を宣伝するんだ」
「わかりました」
あっさりと納得した明久里を置いて、早足で歩き始める。
それっぽい理由をつけたが、ただ単に知り合いの居ないソフト部と軟式野球部に行くのが嫌だっただけだ。
女子サッカー部なら紅浦とあいつがいる。
廊下を渡り、グラウンドに繋がる階段で立ち止まる。
長方形のグラウンドでは、体育館がある西側ではソフト部、中央で女子サッカー部、そして東では野球部が練習し、野球部とフェンスを隔てたさらに東に、硬式テニス部がいる。
俺はグラウンドに降りるタイミングを伺い続けたが、真剣に練習する彼女達を見ていると、なかなか機会が訪れない。
そんな中、シュートを蹴った栗色の髪をした部員が、俺の存在に気づいて近づいてくる。
女子の平均よりやや高い身長と、人懐っこさを感じさせる大きな緑翠の瞳。
肩まで垂れた髪を黒い髪ゴムで纏め、斜めに靡かせた前髪には、昔俺がプレゼントした黒猫の顔が装飾されたヘアピンをつけたサッカー部員が。
「あれ、どうしたの? 久しぶりだね。はじめ」
最初は戸惑っていた様子のそいつは、近づいてくるほどに無邪気な笑顔を浮かべ、俺の名を読んだ。
「ああ、久しぶり。
随分懐かしく思える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます