第19話 幼馴染の服装に見惚れる

 水曜日、創立記念日で学校が休みの朝。飯を食べたあと、身支度をして出かける準備をする。デートと言えばウキウキになるのが普通だと思うが、なんだか緊張している自分がいた。せっかく朱里が「二人きりで」なんて思っていたであろうところを、四人のお出かけにしてしまったからな。仕方なかったとはいえ、洋一と近江という組み合わせになってしまったし。


 あれ、でもよく考えたら変だな。二人の仲が険悪だったとしたら、そもそも洋一は近江のことを同じ班に誘ったりはしないはずだ。つまり単純に仲が悪いというわけでなく、もっと複雑な事情があるのかもしれない。近江のことを聞かれた洋一の態度、あれが何よりの証拠だろう。


 居間のソファに座って考え事をしていたら、いつの間にか約束の時間になっていた。おっと、もう行かなくちゃ。そもそも洋一たちのことを気にしているような身分じゃないもんな。今日であと二週間なんだ。朱里と近寄りすぎず、かといって遠くなりすぎない。矛盾しているが、これが俺の導き出した最善の選択肢なんだ。


「行ってきまーす」


 親に向かって挨拶をして、玄関のドアを開けた。洋一や近江とは駅前で集合することになっているが、朱里とは一緒に駅まで行く約束をしている。つまり、家から駅までは二人きりというわけで――


「おはよう、しまちゃん!」


 ……あまりの可愛さに、一瞬誰だか分からなかった。朱里はピンクのロングスカートに白いニットを着用している。背が高いこともあって、まるで雑誌の表紙に載っているモデルみたいだ。


「しまちゃん、どうしたの?」

「な、なんでもない。その服、似合ってるよ」

「えへへ、ありがとう……」


 朱里は恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかいた。初っ端から心が揺らぎそうになったのをなんとか堪える。こんな姿を見せられたら好きだと言ってしまいそうになるな。こんな幼馴染を振らなければならないとは、なかなか酷な運命だ。


「じゃ、行こうか」

「うん!」


 朱里を連れて、駅の方へと歩き出す。秋も深まってきたので、朝はまだ寒い。道行く通行人には上着を羽織っている者も多く見受けられる。朱里も少し体を震わせていた。


「朱里、寒くない?」

「ちょ、ちょっと寒いかも……」

「家に戻って上着取ってくる?」

「お、遅れちゃうから大丈夫だよ」

「そっか、無理しないでね」

「うん……」


 とは言いつつも、なんだかやせ我慢しているようだった。そのうち気温が上がれば大丈夫だろうけど、心配だな。俺も今日は上着を着てこなかったからな。ウインドブレーカーの一枚でも羽織ってくればよかった。


 ふと横を見ると、朱里が両手を口に当ててはあと息を吐いていた。冷え性なのか、手先が冷たいらしい。やっぱり家に戻った方がいいかなあ。


「なあ朱里、やっぱり家に戻ろう」

「しまちゃん、大丈夫だから……!」

「大丈夫って……そんなに寒そうにして――」

「え、えいっ!」

「へっ!?」


 次の瞬間――朱里は両手で俺の右手を掴んだ。不意に腕を引っ張られたので、驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。それと同時に、ひんやりとした感触が脳に伝わってきた。どうやら本当に手先が冷え切っていたらしい。


「へへ、あったかーい……」

「朱里……」


 朱里は耳まで真っ赤になっていた。きっと寒さのせいではないだろう。手を掴むだけと言えば掴むだけだが、朱里にとっては相当勇気のいる行動だったはず。そうまでしてくれた好意を嬉しく思うと同時に、この冷えた手に何もしなかった自分を恥じた。


「ごめんな、寒かったよな」

「し、しまちゃんのせいじゃないよ!」

「いいから」

「は、恥ずかしいよ……」


 俺は朱里の手を取り、温めるようにさすった。自分から掴んでおいて「恥ずかしい」と言い出すのも、なんだか朱里らしくて可愛らしい。きっと思い切ってみたはいいけど、その後の行動を考えてなかったんだろうな。


「し、しまちゃん?」

「どうした?」

「そろそろ行かないと遅れちゃうよ……?」

「あっ、そうだったな。行くか」

「うん!」


 どうやら寒さも吹き飛んだようで、朱里は元気を取り戻していた。洋一と近江を待たせるわけにはいかないしな。さっさと駅まで行くかね。歩き出すために、手を離そうとしたのだが――朱里は掴んだまま離さない。


「ん?」

「えっ?」


 一瞬、顔を見合わせる。


「朱里、行かないの?」

「このまま行くんじゃないの?」

「えっ?」

「えっ?」


 再び、顔を見合わせる。……このまま手を繋いで駅まで行くってこと?


「ほら、行こうよしまちゃん!」

「う、うん」


 寒さどころかシャイなところまで吹き飛んでしまったようで、朱里は俺の手を引いて歩き始めた。引きずられるようにして歩を進める俺。通行人たちは微笑ましく俺たちのことを見ており、顔から火が出るような思いだった。……これじゃ普段と真逆じゃないか!


 朱里と手を繋いだのは小学生ぶりか。本当に心が揺らいでしまいそうになるが、くじけてはだめだ。朱里とは付き合えない。付き合えないんだ。そうやって自分に言い聞かせながら、徐々に落ち着いた気持ちを取り戻していく。こうして、四人でのデートが幕を開けたのであった――

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