第18話 幼馴染からデートに誘われる
週末が終わり、月曜がやってきた。今日も今日とて教室にやってきて、椅子に座ってぼんやりと外の景色を眺める。自分の人生が二週間強しか残っていないのに、不思議と平常心でいられる自分がいた。
「しまちゃん、おはよっ……!」
「ああ、おはよう」
朝練を終えた朱里が教室に入ってきて、俺のところにやってきた。普段と変わらず赤面している。この顔をあと何回拝むことが出来るのか。まだ両手を使っても数えきれないくらいにはその機会がある。……と、信じたい。
「ね、ねえ」
「なに?」
「あのね……」
朱里は何か言いたそうに逡巡している。机の上にそっと両手を置き、なかなか決心がついていない。ここで助け舟を出すのは違う気がする。何しろ、朱里が自ら発した言葉をこの耳で聞けるチャンスはあと僅かしかないのだ。頑張れ、朱里。
「そ、その……カバンが欲しいの」
「か、カバン?」
予想だにしなかった言葉に思わず戸惑う。それに気が付いたようで、朱里は慌てて補足説明を付け足してきた。
「あの、その! 修学旅行に行くときのカバンが必要で!」
「ああ、そういうこと!」
「そうそう!」
「で、それがどうかしたの?」
「だから、そのっ……」
再びもごもごと言葉に詰まる朱里。多分、泊まりの用意を詰め込むことが出来るような大きいカバンを持っていないということなのかな。だけど、それを俺に言ってどうするつもりなんだろう。などと考えていると、一気呵成に朱里が口を開いた。
「か、買い物に行きたいのっ!」
「?」
「ししし、しまちゃんと買いに行きたいのっ! カバン!」
「……へっ!?」
朱里は「これ以上恥ずかしい思いをさせないで」といった感じで息を荒げている。買い物に行きたいって……デートだよな、これ。いやいや、紛れもないデートだ。他に何と形容する言葉があるだろうか。
「買いに行くって、いつ?」
「明後日、創立記念日でお休みでしょ? その、部活もないんだ……」
両手の指を合わせ、ちらちらとこちらの顔を窺う朱里。たしかに明後日は休みだし、どこかに買い物に行くことには全く支障がない。何より朱里と二人で出かけるなんて久しぶりだ。今すぐ快諾したい気持ちは山々である。
が、しかしだ。俺は自分の心の強さを信じていない。それをしてしまえば、心が揺らぐかもしれない。何が言いたいのかと言うと、朱里とデートなんかすれば――きちんとお別れする決意が揺らいでしまうかもしれないのだ。
あのジジイと出会ってからこんな葛藤を抱えてばっかりだ。好きな幼馴染に好きだと伝えることがこんなに難しいことだとは思わなかった。いや、難しいというより辛いと言った方が正しいだろうな。
「だ、だめかな……?」
「だめってことは、ないけど……」
朱里は不安そうにこちらを見る。いいよ、と言えばいいだけなのに尻込みする自分がいた。なんだか心が不安定になり、ぐるりと教室を見回してみる。すると――ちょうどいいタイミングで扉を開ける洋一の姿があった。ハッと思い立ち、口を開く。
「なあ、洋一も一緒じゃだめかな?」
「えっ?」
「修学旅行で同じ班なんだしさ。どう?」
「だ、だめってことはないけど……」
さっきの俺と同じことを言ってるな。朱里は戸惑い、あわあわとしている。きっと二人きりで出かけることを想像していたのだろう。けど、心が揺らぎそうな俺にそれは出来ない。もちろん朱里には申し訳ないし、だしにすることになる洋一にも悪く思う。……自分の未熟さがただただ嫌になるな。
「洋一、ちょっと来てくれー!」
声を張り上げると、朱里が「えっ」という表情をしていた。朱里が何を思っているのかは重々承知している。でも二人きりでお出かけなんかしたら、間違いなく気持ちが傾いてしまうだろう。……あのジジイに命日まで告げられて、ひしひしと自らの死を意識している自分がいた。俺は朱里を振る。振るんだ。
「どうしたー、難しい顔して?」
その時、洋一の明るい声が聞こえてきた。俺の声掛けに気がついたようで、こちらに来てくれたようだ。今の状況を説明しようと、気を取り直して言葉を紡ぐ。
「実はさ、水曜に買い物に行こうって話をしてたんだ。修学旅行のカバンとかさ」
「それで?」
「洋一も一緒にどうかなって。せっかくだし」
洋一は少し驚いたような顔をして、俺の後ろに立つ朱里の方を見ていた。コイツのことだし、どういう話があったのか察したのだろう。怪訝そうな顔をして、洋一はこちらの様子を窺う。
「……いいの?」
「いいも悪いも、こっちから誘ってるんじゃないか」
「ふーん……」
何か考え込んでいる洋一。ああ、もしかしたら断られるかもしれないな。きっと「二人で出かけてきなよ」とでも言うのだろう。実に正しい。俺が洋一の立場だとしてもそうするだろう――
「いいよ、行くよ」
「えっ、いいの?」
「いいの、って周平が誘ってきたんじゃないか」
「そ、そうだけどさ」
洋一はあっさり首を縦に振った。これまで隙あらば俺と朱里をくっつけようとしていたのに、意外だな。でもとにかく、これで二人きりにはならないわけだ。朱里には申し訳ないが、仕方ないな……って、あれ? 朱里がいない。
「洋一、朱里はどこ行った?」
「そういやいないね。どこ行ったんだろ」
洋一と一緒にきょろきょろと周りを見回してみる。すると、教室の隅から誰かを連れて歩いてくる朱里がいた。気だるげに手を引かれているのは、黒い長髪のギャル。……って、近江?
「あっ、あの!」
朱里は恥ずかし気に口を開き、近江を俺たちの前に引きずり出した。慌てて洋一のの方に顔を向けると、いつか見た作り笑いのような表情が浮かんでいるのが見えた。この間の件があっただけになんだか気まずい。一方の近江は顔を背けて澄ましている。しかし、朱里はなんだかワクワクした顔で――俺たちにこんな提案をしてきたのだ。
「せっかくなら、近江さんも一緒に行きましょうよ!」
どうせ二人きりで行けないなら、近江も誘って皆で行きたい。そんな気持ちがこちらにも伝わってくる。朱里の提案が素直な好意から来たものだと分かっているからこそ、俺は言葉にならない不安感を抱えていた。
「……いいよ。行くよ」
「本当ですかっ? 良かったですっ!」
いつもより不機嫌そうな近江の声と、それをかき消すように上ずった朱里の声。洋一と近江の間に何があったのかは分からない。だが何かがあったことはたしかだろう。
一言も発さずに席に戻っていく洋一の背中を、ただ眺めることしか出来なかった。本来ならば「デートだデートだ」と喜ぶべき場面。自分のせいでこんな雰囲気になったのかと思うと、罪悪感で胸がいっぱいだった。
大きな不安を抱えつつ、四人でのデートに臨む。俺の命日まで――あと、十六日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます