第20話 電車に乗る

 駅前の待ち合わせ場所に近づくと、既に洋一と近江が俺たちのことを待っていた。二人は何やら会話を交わしているようで、不穏な雰囲気でなく安心する。


「ごめんごめん、お待たせ」

「よう!」

「……おはよ」


 対照的な挨拶をする二人。近江はジーンズに白いTシャツと黒いパーカーという服装だった。シンプルなファッションなので、意外と服には無頓着なのかもしれないな、と思った。


「梅宮、その服かわいーじゃん」

「ほんとですかっ?」

「ああ、似合ってると思うぜ」

「ありがとうございます!」


 近江は朱里の服をしげしげと眺めていた。やっぱりこの二人は不思議と相性が良いみたいだ。洋一も物珍しそうにしている。


「なあ、近江ってあんなキャラだっけ?」

「部活以外であんな感じなのは久しぶりに見たよ」

「へえ、何があったんだろうな」

「それより、そろそろ行こう」

「そうだな。電車も来そうだし」


 俺たちは二人を促し、改札を抜けてホームへと向かった。通勤ラッシュの時間は過ぎたはずだが、駅構内は混雑している。朱里たちとはぐれないように気をつけながら、そろそろと歩いていった。


***


「え〜、次は〜……」


 ちょうど良く来た電車に乗り込み、俺たちはショッピングモールの最寄駅へと向かっていた。車内は少し空いている感じで、俺と洋一、朱里と近江でそれぞれ離れた席に座った。


「でね、それでしまちゃんがですねっ」

「へー、そうか」


 向こうの席から朱里が俺のことを話しているのが聞こえてくる。洋一が言っていた通り、本当に楽しそうに話すんだな。近江も真剣に聞いているものだから、ちょっと恥ずかしい。


「梅宮さんのこと、気になる?」

「えっ?」


 横から洋一に声を掛けられた。二人をずっと眺めていたもんだから不思議に思ったらしい。


「気になるっていうか、その……」

「あはは、分かってるよ」


 洋一はいつものような笑顔を見せた。何が分かっているのだろうか。いや、分かってくれない方がありがたい。俺の現況を説明したところでどうしようもないからな。


「周平、なんだかつまんなさそうだな」


 俺の荒んだ心を見透かしたような一言。ここまで分かるのだから、いっそあと二週間で死ぬことまで見抜いてほしい。自分からは言い出せないが、向こうから悟るなら仕方ないと納得することが出来る。だがそんな無茶苦茶な願いは通じないようで、洋一はじっとこちらの顔を窺っていた。


「別にそんなことねえよ。ただな……」

「ただ?」

「お前が羨ましいって思うだけだ」


 首をかしげる洋一。まさかこの歳で寿命があることを羨む身分になるとは思わなかった。思わず吐き捨てた一言に自己嫌悪に陥っていると、洋一から意外な言葉が発せられた。


「俺からしたら、周平の方がよっぽど羨ましいけどなあ」


***


「着いたー!」

「朱里、あんま走るなって」

「えー、いいじゃん!」

「お前が走ったら追いつけねえんだよ」

「しまちゃんはもうちょっと運動習慣を身に付けてよ!」

「帰宅部に無茶言うなって!」


 子どものようにはしゃぐ朱里の背中を掴みながら、駅からショッピングモールまでの渡り廊下を歩いていく。背中越しに後ろを見てみると、洋一と近江が無言で歩いていた。片方は作り笑い、もう片方は不機嫌そうな顔。傍から見れば喧嘩中のカップルだ。……本当にそうだったりしないよな?


 さて、まずはどこの店から行こうか。一番の目的は朱里のカバンだが、最初に買ってしまうと荷物になって持ち運ぶのが面倒だ。かといって、他に何かを買う用事があるわけでもない。そもそも物を買ったところで「遺品」になるのがオチだしな。とりあえず、朱里を立ち止まらせる。


「朱里、どこ行きたい?」

「えー? しまちゃんとならどこでもいいよ」

「そっ……そういうことじゃなくて」


 不意にそういうことを言わないでほしい。惚れちゃうから。惚れてるけど。


「どうしたの、立ち止まって」

「いやあ、どこ行こうかって」


 後ろから二人が追い付いてきた。洋一は何やらスマホで調べていたようで、画面をこちらに見せつけてくる。


「ここ、小さい水族館があるんだって。どう?」

「えー、本当ですかっ!?」


 朱里は画面を食い入るように見ていた。今日のお出かけをよっぽど楽しみにしていたらしい。二人きりでなくてがっかりしているかと思ったが、そうではないようで安心した。


「由美もそれでいいよね?」

「……別にいいけど」


 相も変わらずぶっきらぼうな返事。洋一も「近江に確認した」という事実を得るためだけに形式的に声を掛けた感じだ。この二人の関係性は本当に読めない。


「じゃ、行こうよしまちゃん!」

「いててて、そっちは逆だっての!」


 などと思っていると、いつの間にか朱里に腕を引っ張られていた。洋一は苦笑いで俺たちに方向を指し示してくれている。まるでバカップルを見るかのような目だ。


 水族館に向かって、足を進めようとしたその時。俺の背中をポンと叩く者がいた。思わず振り向いてみると――そこにいたのは、ムスッとしたままの近江だった。この行動が持つ意味を、俺は深く理解していなかったのである――

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