第26話 細谷 淳平 ⑥

 高坂さんと島崎さんは、学校でも俺に話しかけてくるようになった。

 クラスは違うけど、昼休みや放課後も、時間が合えば集まることもあった。

 あの日から、俺は毎日のように中谷さんの病室を訪ねた。それは高坂さんと島崎さんからのお願いでもあったが、二人から言われなくても俺は毎日でも彼女の元を訪れたいと考えていた。

 

「やあ、こんにちは! 来たよ」


 俺が病室に来る度、彼女はとても嬉しそうにしてくれた。

 顔色は依然悪いけど、心なしか彼女の表情は日を追うごとに明るくなっているように見える。


「あら細谷君、今日も来てくれたんだ。大丈夫? 部活も忙しいんでしょ?」


 部活はかなり忙しく、2年でレギュラーの瀬戸際に居た俺にとって、正直この病院通いはキツかったが、急いで病院へ向かうから、走った分持久力は付いた・・気がする。


「いいんだって。俺は中谷さんと話をするのが楽しいんだから」


「携帯で毎晩メールしているじゃない、そんなに毎日じゃ大変だよ」


「・・じゃあ、いいの? 明日から来なくても」


「・・・・」


「冗談だよ。来るよ、毎日でもね。貴美が来なくていいって言っても」


 高坂さんも島崎さんも、初日以降、俺とこの病室に来る事は無くなっていた。

 それは誰もが解っていたことだ。

 俺がこの病室に通って、解った事がいくつかあった。それは、彼女の病状と、今後の事だった。

 

 悪性腫瘍だった。


 既に、肺まで転移していて、ステージ4との事だった。

 ネットで調べてみる。・・ステージ4

 ・・・・俺は愕然とした。

 あんなに若いのに、どうして悪性腫瘍なんて。

 俺が初めて病室を訪れる3日前、彼女は余命宣告を受けていた。

 高坂さんと島崎さんの計画は、その時、急速に加速したんだとか。

 

 二人の計画、それは、大親友の中谷 貴美の片思いを成就させる。


 そんな友達思いの二人、そして中谷さんを想い、俺は毎晩のように泣いた。一人で、部屋を暗くして。

 中谷さんは、あとどれくらい生きられるかは解らない。薬も新薬の治験が適用されて、回復と悪化を繰り返している。

 それでも、彼女の綺麗だった髪の毛は次第に抜けて行き、今ではヴィックになってしまった。

 ・・・・だから彼女の印象が少し違って見えたんだ。

 それでも、中谷さんは、俺の前ではとても明るかった。

 毎日通ってはいるものの、大部屋だからあまり深い話は出来ない。

 だから連絡先を交換して、俺は毎日毎晩メッセージをやりとりした。

 不思議と、直接会って話せないことも、メッセージだと話せてしまう。

 二人きりの時間を取れない俺たちは、メッセージでお互いの距離を詰め、あの日から1ヶ月後、俺はメールで彼女に告白をした。


 彼女からの返事は、「ごめんなさい」だった。


 落ち込んだ俺を、叱咤激励したのも、あの二人だった。


「ねえ、どうして諦めちゃうの? 細谷君、ガッツあるでしょ」


「だって、貴美がそう言うなら、俺は彼女の意志を尊重したいんだ」


「尊重って、貴美ちゃんだって、細谷君の事、好きなんだから」


「じゃあ、どうしてOKしてくれないんだろう」


「それは・・・・」


 島崎さんが言葉を詰まらせる。

 高坂さんは、下を向いて、今にも泣き出しそうだ。

 ・・俺だって泣きたいよ。

 そして、高坂さんは、涙をこぼしながら、俺に一言こう言ったんだ。


「そんなの、自分が死んだあとの事を考えてに決まってるじゃない。彼女が死んで、悲しむ細谷君を思って、あの子は付き合わないって言ったの! 本心じゃないの!」


 そう言い終わると、高坂さんは、泣き出してしまった。

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