第25話 細谷 淳平 ⑤

 夢のようだった。

 恋い焦がれた、あの中谷さんが今、俺の目の前にいる。

 少し想像していたのとは違う形ではあったが、こうして大人しくしている中谷さんも、やはり美形なんだと思い知らされる。

 他愛の無い会話が続く。病室も大部屋だから、いくらお母さんや島崎さん達が居なくてもあまりつっこんんだ話は出来ない。

 きっと周りも、高校生の男女が何を話しているのか気になっているに違いない。

 そう思っていた時、それは中谷さんから話を切り出してきたのだ。


「あのね細谷君。私、澪ちゃん・・島崎さんから細谷君の事は聞いていたんだ。覚えてないかもしれないけど、私、去年の夏に南高が練習試合に来た時、細谷君の事を見たことがあるの」


 っちょっ え? いきなりその話をする? ここで?

 あー、なんだか病室全体が静まっちゃったぞ・・ 絶対これ、みんな聞いてるヤツだよな。

 それでも俺は、彼女が意を決して話をしてくれた事が、本当に嬉しいと思った。中谷さんだって、きっと勇気が要るだろうに。

 だから、今度は男の俺が勇気を出さなければいけないって思った。だって、さっきまで青白い顔をしていた中谷さんは、今顔が真っ赤なんだから。


「あの、俺も見ていました、中谷さんの事。だから知ってたんです、中谷さんがどこの中学校で、何部で、クラスどこかって・・・・」


 あー、言ってしまった。

 中谷さん、俯いて何も話してくれなくなったぞ。

 あれ? やっちゃったか? 俺?

 ・・・・いやー、そうだよな、考えてもみれば、気持ち悪いよな・・見ず知らずの人間が、中谷さんの事を嗅ぎ回っているなんて・・・・


 帰るか。

 もう、来ることも無いだろう。

 さらば、俺の初恋・・・・


「じゃあ、俺、帰るね。中谷さん、早く良くなってまたバレー頑張ってね」


 あー、もう、本当に最悪だ。恥ずかしいし、何言ってるか解らないし。

 そんな俺を、中谷さんは引き留めた。

 「今日は、本当にありがとう。私、細谷君の事、ずっと気になっていました」と。

 俺は、天にも昇るほどの気持ちになって、中谷さんに軽く挨拶をすると、ぼんやりと帰路に着いてしまった。

 少ししてから、自分が高坂さんや島崎さんに一言も声をかけずに出てきてしまったことに気付いた。

 俺は二人の連絡先も未だ知らない。

 どうしたものかと考えている内に、結局家までたどり着いてしまう。

 何やってんだか。

 ベッドの上で俺は、今日あった事を考えていた。

 可愛かった中谷さん、可愛そうだった中谷さん。

 俺は、彼女の力になれないだろうか。

 とりあえず、俺はこれから毎日でもお見舞いに行こうと考えていた。

 さすがに今日一日では消化しきれてない事が多い。

 お見舞いの品なんて、毎日は無理だけど、それでもきっと彼女は嬉しいに違いない、そう思っていた。

 そんな時、家のチャイムが鳴る。両親もまだ帰っていないから、俺は慌てて玄関を開けた。

 すると、そこには高坂さんが立っていた。

 あれ? 一人?


「あ、ごめん、俺一人で帰って来ちゃった。連絡先も解らなかったから」


「うん、いいの、それより今日は本当にありがとう。貴美ちゃん、凄く喜んでた、とっても興奮気味で」


「・・それって」


「あのさ細谷君、ちょっとだけ時間大丈夫?」


 高坂さんは、明らかにここでは話しにくい、と言う表情で俯いていた。

 家は今、誰もいない。良くないよな、高校生が二人っきりで。

 俺は近所の公園に高坂さんを案内し、ベンチに座った。


「話って・・中谷さんの事?」


「うん。今日はね、ずっと前から計画していたの。貴美ちゃん、もう解るよね、細谷君に気持ちがあるって事」


「・・・・うん」


「ねえ、細谷君はどうなの?」


「え、それ聞く? 今?」


「ハハハ、そうだね、そのリアクション見てれば解るよ・・そっか、じゃあ両想いだね」


 俺の中に、何かとても幸福で輝く何かが芽生えていた。

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