第17話 工藤 冴子 ⑭

 正宗くんが消えてから一週間が過ぎた。

 神田さんへ送ったメールに、依然既読は付かない。

 私は彼女の家に行き、問いつめようとした。しかし、それは叶わなかった。

 神田さんは、病状が悪化して即日入院、一時は集中治療室へ運ばれ、メールどころか面会すら拒否された。

 こうして、私の日常は色々解決しないまま元の状態に戻ってしまった。

 そう、これは元の状態だ。

 神田さんとは挨拶程度の仲、正宗くんも私の世界には存在しない人物。

 なんだか、夢を見ていたような数日間、思い出しても現実味がない。

 携帯電話には、唯一彼がこの世に存在していた証であるかのように、遊園地の陽光に照らされた笑顔の正宗くんが残された。

 考えてみれば、これが彼と私とを繋ぐ唯一の証拠。

 学校が終わり、ぼんやりと携帯写真を見ていた時、メッセージの通知が入る。

 ・・・・神田さんからだ。

 少し聞きたい事があるので、会えないか、との事だ。

 私だって聞きたい事は山ほどある。病院は既に場所が解っているし。

 私は「すぐに向かう」と短く返信して、制服のまま病院へ直行した。

 結局、彼女は正宗くんをどうしたのだろうか、その一点のみ、それだけが聞きたい。


「神田さん!」


 病室は既に個室から大部屋に移されいて、顔色も良い。

 私は人目も気にせず彼女に迫ると「正宗くんを、一体どうしたの?」と詰め寄った。

 そして彼女は衝撃的な一言を発した。

「マサムネ君って、どなたですか?」と。

 私は、ネットで調べた通り、人型ルアーには自分がルアーである認識も無ければ、ルアーとしての仕事をしていた時の記憶が無くなる、という事を思い出す。

 つまり、正宗くんは、釣られたと言うことだ。

 その後、いくら話しても、神田さんは私と部室で話した事も、正宗くんと料理したことも、全て忘れていた。

 そもそも、人型ルアーについて、自分が調べていた事実を覚えていない。

 彼女が今日、私をメッセージで呼んだ理由は、自分の携帯に記憶にないやりとりと、閲覧履歴があったことから、その事情を聞きたい、と言う理由からだった。


 愕然とした私は、彼女に何を話したのかもよく覚えていない。 

 

 ただ、正宗くんと神田さんの両方を同時に失ったという事実だけが、私の中に残っただけだった。

 帰りの道で、私はこれまでの経緯を考えていた。

 まず、正宗くんは私に会いたいと言って未来から来たと言っていた。

 私の父は、法務省の外局である公安調査庁の職員である。

 正宗くんは誰もいない私の家に、忍び込んでいた。

 彼が未来人である可能性と、スパイの可能性は、今や半々と言った所だろう。

 いや・・宇宙人に釣られた時点で、彼が未来人である可能性は極めて低い。彼が現代のスパイで、神田さんに釣られた。そして神田さんの記憶が消去された。

 多分、この線が正しい。

 ・・・・そうか、彼は私の息子じゃないんだな。

 そう思うと、あの必死な眼差しが嘘だった事に、私は激しく傷ついた。

 嘘であんな表情出来るんだ。さすがはスパイ、女子の心を掴むのが上手だわ。

 そんな風に、自身を納得させた。そうしたら、なんだか少し楽になった気がした。


 いちいち真面目に考えすぎなんだ、私は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る