第9話 工藤 冴子 ⑥

 彼の部屋は、とても狭いワンルームだ。

 いわゆるウィークリーマンションという物件だろう。

 こんな所も未来人っぽくて、その芸の細かさに思わず笑ってしまった。


「ねえ、あなた未来人なんでしょ? なんでマンション?」


「だって、ホテルじゃお母さんの手料理、食べられないじゃない」


 ん? ちょっと待て! こいつは私にこれから手料理を作れと言っているのか?

 いやいや、家庭科でしか作った事無いぞ、女子高生だぞ、高校1年生なんだぞ!


「あの、私、料理なんて出来ないよ、そりゃあなたから見ればお母さんかもしれないけど、私、まだ高1なんだから」


「大丈夫! 僕と一緒に作るんだよ! お母さんの料理を手伝いたくて、僕ね料理も勉強したんだから」


 ・・・・ああ、そう言う設定か。なんだかちょっと泣けるな。

 こんなにお母さん想いの息子が居たら、私は幸せだろうな、と思った。

 世の男子は、母親に対してそれはもう生意気だ。設定だと解っていても、涙腺が緩んじゃうよ。

 私達は結局、二人で台所に立ち料理を始めた。

 メニューは・・・・カレーだ。

 私の好みも何も、これじゃあ料理初心者だわ。

 彼は玉ねぎを、水を張ったボールに入れる。


「ねえ、それ何しているの?」


「ああ、こうすると切った時に目に沁みないんだ・・・・お母さんから教わったんだけどな」


 へー、未来の私は、結構ちゃんとお母さんやってたんだな・・・・ん? それを息子から教わった私が、未来でまた彼に教えたら・・・・タイムパラドックスに入ってないか?

 出来上がったカレーは、見た目は普通に完成していた。意外とできるものなんだな、料理って。

 もっとも、作ったのは正宗くんであり、私は手伝っただけ。それでも彼は、やっとお母さんの料理を手伝う事が出来たと、上機嫌だった。

 小さなテーブルに向かい合い、質素な食卓ながら、私達は作ったばかりのカレーを食べた。そして、私は驚いてしまった。

 一度、正宗くんの顔を見てしまう。この味付け、お母さんのに良く似ている。

 家庭の味、些細な事かもしれないけど、うちのカレーは隠し味に醤油とコーヒーを入れる。こんな所まで・・・・。


「ね、解ったでしょ! お母さんの味なんだ、これ。だから僕、お母さんとまた、このカレーが食べたくて・・・・」


 正宗くんは、そう言い終わる前に泣き出してしまった。ボロボロと彼のズボンに涙がこぼれ落ちる。

 

「ねえ、ちょっと・・・・泣かないでよ、私まで泣けてきちゃうじゃない・・・・」


 私達は、カレーを食べながら泣いた。

 人生初の経験ばかり。なんだこの食卓は。

 その日のカレーは、少しだけ涙の味がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る