第6話 工藤 冴子 ③
このままでは話が進まないと思った私は、正宗を名乗る彼が、どうしたら納得して帰ってくれるのかを先に聞くことにした。しかし、その返答は意外と言えば意外なものだった。
彼の望みはただ一つ、「お母さん孝行がしたい」だけなんだそうだ。
あまりに澄んだ瞳でそんな事を言うものだから、やはり胸が締め付けられるような感じがする。
ああ、もう、正直に言おう、彼はかわいい! 何と言うか、もう小動物のような愛らしさと体の大きさのバランスが堪らないとさえ感じる。初対面だと言うのに、私は彼の要求を飲んでも良いかと考えてしまうほどに。
彼と半日程度一緒に行動していれば、何かが解るかもしれないし。
早速、彼は私の事をお母さんと呼びながら、家の外へ連れ出した。
「ねえ、お母さんは何処に行きたい? 何食べたい? 僕が何処でも連れて行ってあげるよ!」
本当に親孝行だな、本物のお母さんにも、きっとこんな風にニコニコとベタベタと子犬のように愛想を振りまいていたのだろう。
まさか、流石に彼がタイムトラベラーだなんて話は有り得ない。現実的な話からすれば、空き巣の言い訳なんだろう。
それでも、あの家の鍵の事や、彼の名前が「正宗」であることなど、気になる点も多い。
それに、私の本能が、彼をこのまま返してはいけないと言っている。それもかなり強く。
「私はいいから、あなたが行きたいところはないの?」
「え、いいの? 本当にいいの?!」
彼は満面の笑みで私にそう言うと、もうルンルンで商店街を抜けて駅へ向かった。
おいおい、一体どこへ連れて行く気! 今から電車を乗り継いで行ったら、帰りは真っ暗だよ。
「ねえ、あんまり遠くはちょっと困るんだけど」
「大丈夫、数駅だよ」
彼は、ほど近い遊園地専用駅までの切符を二枚買うと私に手渡した。凄いな、スイカとかじゃないんだ。
「ごめんね、切符代払ってもらって。でも切符なんて久々」
「ああ、そうか、流石にこの時代でもスイカとかあるよね」
そう言う細かい設定には関心させられる。何と言うか、未来人っぽいし隙がない。
それにしても、この辺の地理に詳しいな。この人は土地勘があるわ。・・・・まさか、本当に私の・・・・いや、無いな、危ない危ない、しっかりしろ冴子!
到着したのは、懐かしい遊園地だった。子供の頃はよく遊んだけど、意外と近い場所って行かなくなるもので、まさか高校生にもなって遊園地に来る事になるとは。まあ、もしかしたら初デートで遊園地、という可能性もあるけど・・・・今の相手は自称私の息子、単なる家族サービス・・なのかしら、これは。
遊園地代は、彼が再び二人分出してくれた。それでも園内に入ると、彼はもう大はしゃぎ。なによ、お母さんを孝行しに来たんじゃなかったっけ?
「ねえお母さん、観覧車! 観覧車!」
もう、どっちが子供なんだか・・・・ああ、いいのか、合ってるんだ、彼が子供で。
しかし、いきなり観覧車なんて、チョイスが大人だな。ジェットコースターとかじゃなくていいのかしら。
学校は土曜日で少し早めの授業だから、周りには高校生カップルも沢山いた。私達もきっと、カップルに見られているんだろうな。
観覧車の中で、彼は春の陽光に照らされて、私を見ながらずっと笑顔だった。
私はようやく彼の顔をしっかりと見た気がする。
ちょっと脱色してるのかな、髪は自然なウエイブがかかっている。顔はまあ、イケメンだわ。そうね、私の好みと言えば好み・・・・いや大分ド直球に好みかな。
服のセンスも悪くはない。男子の服ってよく解らないけど、清潔感があって一緒にいても問題ない。
もし、もしも彼が言う通り、本当に未来から私に会いに来てくれた息子だとしたならば、これはきっと贅沢な時間を過ごしているんだろうな、と思った。
こんなイケメン男子にチヤホヤされて、デート代全部払ってもらって・・・・いや、デートって、何考えているんだ私は。
楽しい時間は、他愛のない会話でも過ぎて行くのが早いものだ。そう、私はこの自称息子との時間を満喫しているのだ。
恋とは違う、なんだろう、この不思議な感触。彼が自分を息子だなんて言わなければ、うっかり恋に落ちても不思議ではない距離感だ。
傾いた春の日差しが、再び彼を照らすと、私は思わず写メを撮ってしまった。
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