第5話 工藤 冴子 ②
「ゴメンねお母さん、さっきは動揺してしまって」
いや、本当だよ。
私の部屋から階段を下りて、彼と二人リビングに移動した。
とりあえずタオルを渡し、紅茶を入れて差し出す。
落ち着いたのか、彼は他愛の無い紅茶を美味しそうに飲む。愛犬に餌をあげているみたいで、悪くはない。
彼の大号泣は、手持ちのハンカチでは収まらないほどに凄まじく、タオルで涙を拭く彼の仕草が、なんとも幼児のようで可愛く感じられた。
「僕ね、お母さんにあまり親孝行出来なかったから、その分、沢山孝行したいんだ。本当は母の日に来られればよかったんだけど」
こらこら、母の日なんてもう2か月も前だよ。私まだ中学生だよ。
・・・・いや、それより、今、もの凄い事言わなかった?
親孝行出来なかったって・・・・私は死んでる? え? 離婚? いや、そもそもそれでは、彼は未来から来た私の息子、生きているこの時代に親孝行しに来たと言う設定? ・・・・えー。
「ねえ、あなた、まずどうやってこの家に入って来たの?」
すると彼は、古びた家の鍵を私に見せた。間違いなくこの家の合鍵・・・・
「ねえ、これ、どうしたの?」
「お母さんが、僕に持たせてくれたんだよ、何かあった時にはおじいちゃんの家に行きなさいって」
おじいちゃん、ああ、お父さんの事よね。確かに鍵は本物。家族であれば、不法侵入ではない? いやいや、でも知らないぞ、こんな大きな息子、高1なりたての私には実在しないんだから。
そんな話をしていると、彼は再び涙顔に変化してゆき、一瞬の間を置いて私の懐に突撃してくるではないか。
「ステイ! ちょっと待って、私、まだ制服だし、これまだ新しいんだから、ちょっと着替えてくるから、待って!」
私は階段を上り、部屋で着替えながら、あの発言では着替えたら抱擁してあげると誤ったメッセージを送ってはいなかと少し心配になった。
私服に着替えた私がリビングに降りて行くと、反省したように大人しくしている彼。こんな仕草も、私の母性本能を擽るから厄介だ。これは案外、手ごわい相手なのかもしれない。
「ねえ、あなたが私の息子なんてトンデモ話を、一体どう信じろって言うの? あなたが泥棒で、私を混乱させようとしているって普通は考えるわよね」
「・・・・でも、お母さんは「どんなに離れていても、時間を飛び越えたって、私はあなたを見守る、必ずあなたを認識できる」って、言ったじゃない」
いや、言ったじゃない、って言われても、もしかしたら未来の私なら言うかもしれないけど、何の証拠にもなっていないじゃない。
「ねえ、流石に私はあなたの事を息子だなんて信じられないわ。つまり、あなたは高校1年生の私に会いに来たってことになるじゃない、その・・・・未来から」
ああ、言っちゃったよ私、未来って。
すると、彼は再び笑顔になって「そうだよお母さん! 僕は未来から来たんですよ!」と。
いや、だから、私は何度も彼に言う。それを証明せよと。
これでは数学の難問と変わらないじゃないか。
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