工藤 冴子
第4話 工藤 冴子 ①
帰宅した私が部屋に入ると、見知らぬ男性が何かを物色していた。
怖い! 泥棒?
それでも、聞いていた泥棒のそれとは大分違う風貌、彼は悪びれるでもなく、私の方を向くと物凄い笑顔を私に向けて来たのだ。そして、私は忘れられない一言を聞く事になる、「お母さん」と。
もう意味が解らなかった。私はこの春に高校生になったばかり、相手はどう見ても大学生か社会人。
思ったよりも冷静で居られた私は、とりあえずセオリー通り大きな悲鳴を上げた。
それに驚いた目の前の男は、きっと逃げて行くと思っていたが、それは予想に反して私に急接近すると、力強く抱きしめて、左手で口を塞いできた。
「ごめんなさいお母さん、信じられないかもしれないけど、僕です、正宗です」
正宗? それを聞いた時、なんだか少しだけ彼が息子だという事を信じたくもなってしまった。なぜなら私は熱狂的な日本刀オタクであり、一番の惜しは「妖刀ムラマサ」つまり正宗なのだ。
これは、私の近しい人しか知り得ない情報だ。高校に入って間もない私は、まだ共通の趣味友達を見つけ切れていないのだから。
そんな中、一番の推しである正宗ブレード、多分私は将来子供が出来たら、正宗と名付けてもおかしくはない。
それにしても、この正宗君・・・・近い! いや、親子のスキンシップを通り越して、もはやカップル!
私のブレード愛をすっ飛ばして、今は怖い!
「あの、ちょっと、本当にやめてください! あなた、何なんですか? 警察に通報しますよ!」
「お母さんは、若い頃から変わらないんだね」
そう言うと、彼の表情は少し曇ってしまった。
そして、美しい青年の瞳からは、切なくなるような涙がこぼれ落ちる。
なに? ちょっと、なに? 私が悪いみたいになってない?
興奮した自分をとりあえず置いておいて、まずは目の前で泣き出した青年を落ち着かせようと一度座らせる。
「ねえ・・・・どうしたの? なにか事情があるなら話を聞くから」
優しい言葉をかけると、彼は鼻を赤くしながら私を見て、更に涙顔になって行く。
おいおい、こんなの私にどうしろと!
それでも一つ言えたのは、彼の泣き顔が本当に私には刺さったと言う事だ。
表現に難しいが、彼を見ていると、遺伝子の深い所にある何かが刺激され、放っておけないと感じてしまうのだ。
そうだ、これはあれだ、母性本能というやつだ。
まったくこの男、高校一年生、15歳女子の母性本能を、一体どうしようと言うのか。これではまるで鷲掴みではないか。
私は、泣きじゃくる彼の前にしゃがむと、少し怖いとも思ったが「事情をはなして」と彼に説明を求めた。
自分より年上、自分より高身長、なのに、なんだろうこれは、まるで捨てられた子犬のように彼の存在は切なく、そして儚く感じる。これは・・・・係らないなんて、もはや無理だと思えるほど。
「お母さん!」
それは突然だった。一旦間合いを取っていた私の胸に、彼は思いっきり飛び込んで来るではないか!
っちょっ、待て! いや、本当に待て! ステイ!
モシャモシャの彼の髪が私の鼻腔を擽る。大して大きくもない私の胸は、今や彼によって占領されてしまった。
これは、あれだ、シェクシャル的、ハラスメント的に100%アウトなやつだな。
それでも、私は自分でもどうしてか解らず、彼の必死の想いを受け入れてしまった。そう、彼を抱き返してしまったのだ。
これは良くない。間違ったメッセージを送ってしまう。
でも、彼を抱いている時の不思議な気持ち、どうしてか悪い気はしないのだ。
・・・・それでも、まさか見ず知らずの男性、それも不法侵入者とこうして抱擁し続ける訳にも行かない。
いや、本当に事情を聞かせて欲しいのだけど。
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