第3話 中嶋 洋子 ③
彼は、そのまま私を屋上へ連れ出すと、壁に私を押し付け、とても切なそうな表情で見 つめてくる。
やさしいな、来栖君は。本当に男前だよ。
こんな私に、全力をぶつけてくれるイケメン男子。好きだよ、あなたの事、本当に大好きなんだから。
「ごめんなさい、私、あなたとは付き合えません」
「俺の事、嫌いなのか?」
「・・・・嫌いではないけど、ごめんなさい」
「知っているんだ、藤堂たちからのイジメに遭っていること。俺、証人になるから、中嶋さんの事、守るから!」
嬉しい。
来栖君は今、私を守ってくれると言っている。
もしかしたら、来栖君となら私は未来を共にできるんじゃないか、そんな風に思えた。
「来栖君は、私なんてどこがいいの? ちっとも可愛くないし、チビだし、デブだし・・」
「そんなこと無いよ。君は可愛いよ。俺にとって一番の女性だ」
彼の口から、聞いていて恥ずかしくなるような言葉が出てくる。
なんだかもう、私、死んでもいいとさえ思う。
そんな時、私の脳裏に、あの都市伝説が過るのだ。
・・美女やイケメンを人型ルアーに改造して、宇宙人が人類の釣りを楽しんでいる、というフライング・ヒューマノイドのトンデモ話。
そうだ、それなら合点が行く。
来栖君が、宇宙人に改造されたルアー・・・・ 考えたくはない。でも、でも・・
この幸せを、失いたくはないと私は思ってしまった。
だから、来栖君が唇を求めてきた時、私は躊躇わなかった。
彼が人型ルアーだったとしても、宇宙人に釣りあげられたとしても、それでいいと思った。
私の人生で一番輝く瞬間が、きっと人生最後の瞬間。
だから、それでいい。
彼の唇が急接近したとき、私は静かに目を閉じた。
ありがとう、来栖君、君がルアーでも、私、大好きだよ。
夢のような瞬間。自分の血液が全部頭に上ってしまったのかと思うほどに顔が熱い。
彼との初めてのキス。
私は思わず彼に抱き着いた。
そして口元に、金属の太い針のようなものを感じた・・・・やっぱり彼はルアーだったんだ。
後悔はしない。
私が決めたこと。だって彼を愛しているのだから。
この後、きっと私は彼と共に天に昇って行くのだろう、だから彼を強く抱きしめた。身体が離れないように強く。
そこで違和感を覚えた。
全然痛くない。
いや、むしろ来栖君の方がなんだかおかしい。
白目を剥いて気を失っている? さっきまで力強く抱きしめていた彼の腕は、完全に力が抜けて虚脱状態だ。
ルアーにされた人間は、獲物を釣ると意識を失うのだろうか?
私は天を仰ぐと、一筋の光が伸びているのが見えた。
多分、これが宇宙人の釣り糸だと直感した。
でも・・・・恐ろしいことに、その光の糸は、来栖君からではなく、私の後頭部から伸びていたのだ。
まさかと思った。そんなこと。
人型ルアーは私の方だったんだ。
美人やイケメンがルアーでは? なんで私が宇宙人のルアーに?
改造された記憶なんてない。むしろ誘拐された記憶もないのに。
どうして、どうして来栖君は、私なんて好きになっちゃったの?
私の事なんて放っておけば、あなたは釣られなくて済んだのに。
ああ、私はバカだ。自分がルアーだって気づいていれば、彼を本気で嫌いになれたはず。
何かに引っ張られたような衝撃が伝わった後、体が宙に浮いたから、私は反射的に来栖君の体を離さないよう強く抱きしめる。
ごめんね来栖君、大好きだよ。
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