第10話
暗い洞窟の中、焚き火の炎がゆらめき、リセリアと遥斗の影を静かに映し出していた。二人は重い足取りで洞窟に辿り着くと、わずかな安心感に包まれ、その場に腰を下ろした。冷たい石壁にもたれ、遥斗は深く息をつく。
「とりあえず。周辺に結界をはったから、少なくとも一晩は安全よ」
「ふぅ。ひとまず一息つけそうだな」
と遥斗が小声で言う。
逃げ場のない洞窟に逃げ込んだと言うことで、一抹の不安を覚えた遥斗ではあったが、リセリアにはしっかりと秘策があった。
人を寄せ付けなくさせる結界を使って安全の確保をしたのである。
リセリアはわずかに笑みを浮かべながら頷く。
「ええ、ここならしばらくの間、見つからないと思うわ。でも油断はできない……追手がいつ来るかわからないもの」
遥斗はリセリアの言葉に頷き、焚き火の小さな炎を見つめる。炎は温かく、冷え切った体を少しずつ和らげてくれたが、彼の胸の中には別の冷たい感覚が残っていた。先ほどまでの緊張と戦いの疲れがじわじわと全身に押し寄せる。
「それにしても、リセリア。君のおかげでここまで来れた。俺一人じゃ、きっとどうしていいか分からなかった」
「そんなことないわ。あなたがいたからこそ、皆も信じてついてきてくれたのよ」
とリセリアは静かに答える。その言葉に、遥斗は思わず微笑んだ。
二人はしばらく無言で火を見つめながら、互いに思いを馳せた。リセリアの横顔には、焚き火の光がちらちらと映り、彼女の穏やかな表情の中に、何か深い決意が宿っていることが感じられた。遥斗はその姿を見て、彼女にもっと聞きたいことがあるのに、言葉に詰まってしまった。
この日はそのまま眠ってしまった。
翌朝、夜明け前に目を覚ました遥斗は、リセリアがすでに焚き火の片付けを始めていることに気が付いた。彼女は薄明かりの中で素早く動き、周囲に痕跡を残さないようにしていた。
「おはよう、遥斗。もう出発するわよ」
「朝早くからすまないな、俺も手伝うよ」
と遥斗はすぐに身支度を整え、彼女の手伝いを始めた。
身支度を整えると、他の奴隷たちもそれぞれの準備を始めていた。しかし、みんなの表情は暗く、何か重い決断を背負っているかのようだった。
リセリアが前夜のうちに結界を張って追っ手を防いだものの、次の行動について皆が意見を交わす中で、ある奴隷が震える声で言った。
「これ以上、全員で動くのは無理じゃないか?この人数が一緒にいればきっと見つかる確率も高い」
その言葉に周囲が沈黙し、険しい表情で頷く者もいれば、不安そうに視線を彷徨わせる者もいた。彼らはすでに体力も尽きかけ、全員で逃げ切るのが難しいことを痛感していたのだ。
遙斗は仲間の言葉を聞いて胸を痛めながらも、今の状況を理解していた。何人かが散り散りになって追手をかく乱することで、少しでも生き延びる希望があると信じていたが、それが無情な別れを意味することもわかっていた。
アレンという少年が、決意したように遥斗の元に歩み寄った。
「兄貴、俺……こっちの山道を使って行くよ。みんなで散り散りになっていつかまた再開しよう……」
遥斗はアレンの勇気ある決断に胸が熱くなり、何か言おうとしたが、うまく言葉が出てこない。ただ、その肩に手を置き、しっかりと見つめた。
「わかった。必ず、またどこかで会おう」
アレンは強く頷き、遥斗に手を振って背を向けた。そして他の奴隷たちも次々に、自分の行く道を選んでいった。
ある女性奴隷は涙を堪えながらリセリアの手を握り、
「あなたがいなければここまで来られなかった。必ず生き延びて、自由を掴んで……」
と小声で呟き、静かにその場を去った。
数人は互いに助け合うため小さなグループを作り、異なる方角へと向かって歩き出した。皆が静かに、無言のまま自分の選んだ道を歩み始めていく様子は、静かに残酷な別れの瞬間だった。
最終的に、遥斗とリセリアの二人だけがその場に残った。周囲にはもう誰の足音も聞こえず、森の中の静寂が重く二人を包み込んでいた。
遥斗は深い溜め息をつき、リセリアの方を向いて静かに尋ねた。
「俺たちも行こうか、リセリア。これ以上ここに留まっているわけにはいかない」
リセリアは遥斗に小さく微笑み返し、力強く頷いた。
「ええ、行きましょう」
遥斗とリセリアは、今度は二人だけの旅路を歩き始めた。
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