第9話

 リセリアはガイルが地面に崩れ落ちるのを確認すると、荒い息を整えながら門の方を見やった。遥斗たちはすでに門を目指して移動を始めている。彼女は自分がここで立ち止まってはいけないと気を引き締め、急ぎ彼らの後を追うことにした。


 廊下を駆け抜け、館の出口に近づくにつれて、遠くから遥斗たちの気配が感じられる。リセリアはその姿を見つけると、大きな声で呼びかけた。


「遥斗!そちらは無事?」


 遥斗が振り返り、彼女に向かって手を振った。彼の隣には解放された奴隷たちが不安そうな表情を浮かべながらも、リセリアの姿を見て少しだけ安堵の表情を見せる。


「リセリア!ガイルはどうなった?」


「もう二度と立ち上がることはないわ。さあ、急ぎましょう」


「まさか倒したのか?」


「まぁね」


「す、すげぇ……どうやって」

 

「説明は後。とりあえず今は走るわよ!」

 

 その言葉を聞いた遥斗は再び足を速め、リセリアも後に続く。外へと続く広場では、残りの衛兵が待ち構えていた。奴隷たちが怯える中、リセリアは冷静に立ち止まり、彼らの前に立って衛兵たちを見据えた。


「あなたたち、ここを通してもらうわよ。もう無意味な戦いはやめなさい」


 衛兵たちはリセリアの威圧感に圧倒され、一瞬ためらいを見せたが、命令に従わざるを得ない様子で武器を構えた。リセリアは目を閉じ、一瞬、静かな祈りのように両手を合わせると、再び淡い光が彼女の体から溢れ出した。


「させない」


 その一言とともに、青白い光が衛兵たちに向かって放たれ、彼らの武器が一瞬にして粉々に砕け散った。衛兵たちは驚き、動揺しながらもその場から退き始める。


「今の隙に、行くわよ!」


 リセリアが奴隷たちに声をかけると、彼らは彼女に従い、一斉に門へと走り出した。遥斗が先頭に立ち、門を押し開けると、冷たい夜風が彼らを迎えた。館からの脱出を果たし、彼らは一気に自由への道を駆け抜けていった。


 リセリアは後方を警戒しながらも、遥斗たちの無事を確認しつつ共に夜の闇の中へと姿を消していった。


 (なんだ今のは?)


 遥斗は内心でとても驚いていた。今のリセリアの力は普通じゃない。こんなに強いのになんで奴隷なんかになったんだ。遥斗は、ずっと協力して今日まできたリセリアのことが初めて怖いと感じた。


 王宮から脱出し、夜の闇の中を駆け抜けていく遥斗たち。冷たい夜風が彼らの頬を撫で、自由を手にした実感が胸に広がり始める。しかし、遥斗の心には疑念が生まれていた。リセリアが見せた力、それは常軌を逸していた。彼女のあの力があれば、どうして今まで逃げられなかったのか、どうして奴隷という立場に甘んじていたのか──その問いが頭を離れない。


 リセリアは遥斗たちの様子を気にかけつつも、後方を警戒し続けている。彼女の表情には緊張の色が見え隠れし、どこか険しいものがある。それでも、彼女の目はまっすぐ前を向き、先導する姿勢を崩さない。奴隷たちは、彼女の後ろに続きながらも、心配そうに周囲を見回し、追手が来ないことを祈るように小声で囁き合っていた。


 しばらく走り続けた後、一行はようやく近くの森に辿り着く。木々が密集したこの場所なら、少なくとも一時的に身を隠せるだろう。遥斗は奴隷たちを見渡し、全員が無事であることを確認すると、安堵の息を漏らした。


「ひとまずここで休憩しよう。みんな、無事でよかった」


 奴隷たちは疲労と緊張から解放され、地面に腰を下ろす。それぞれがささやかな喜びを分かち合い、互いに微笑み合っていた。自由を実感し始めた彼らの姿を見て、遥斗も少しだけ肩の力を抜いた。


 だが、リセリアだけは警戒を解かない。木陰に立ち、周囲の様子を見張り続けている。そんな彼女の姿に、遥斗は再び不思議な感覚を覚えた。彼女のあの力、それに加えてその冷静さと覚悟。普通の人間ではないのだろうか?その思いが彼の心に浮かび、思わず彼女に声をかけた。


「リセリア、君は一体……何者なんだ?」


 リセリアは振り返り、遥斗を見つめる。その瞳には冷たい光が宿り、言葉を選ぶように少し間を置いてから答えた。


「私は……奴隷よ。でも、たった今、君の力のおかげもあって奴隷じゃなくなった」


 遥斗はその答えに納得しきれなかったが、それ以上深く追及するのは控えた。彼女には何か重大な秘密があるのかもしれないが、それを聞き出すのは今ではない、と直感で感じたからだ。


 ふいに、遠くから何かが近づく音が聞こえてきた。リセリアが耳を澄ませ、目を細める。


「……馬の足音。追っ手が来たようね」


 奴隷たちがその言葉に怯え、声を潜めた。恐怖が彼らの間に広がり始める。リセリアは奴隷たちを落ち着かせるように手を上げ、冷静な声で指示を出す。


「ここにいても危険だと思う。すぐにここを離れてさらに森の奥へ進むわ。できるだけ音を立てず、慎重に行動して」


 遥斗も彼女に同意し、奴隷たちを支えるようにして再び移動を始めた。森の中は暗く、足元も見えづらいため、進むのは容易ではない。だが、彼らに選択肢はなかった。


 進む中で、リセリアが後ろを振り返り、少しだけ不安げな表情を浮かべた。何かに迷っている様子だった…


「リセリア、追っ手が見つける前に君の力でなんとかできないか?」


 遥斗のその言葉にリセリアは一瞬だけ思案したあと、ため息をつくように答えた。


「できれば使いたくないの。本当は、あの力は私自身にも制御が難しいから」


「わかった。なるべく使わないで良いようにみんなでなんとかしよう」


 森の奥深くに進んだ彼らは、ようやく人目につかない小さな洞窟を見つけた。奴隷たちは疲労困憊していたが、ようやく休むことができる場所にたどり着いたことに安堵し、洞窟の中で一人一人、静かに座り込んでいった。


 洞窟の入口に立ち、外を見張っていたリセリアが、ふと遥斗の方を見つめた。


「遥斗、ここから先は覚悟が必要よ。逃げることはできたけど、これからどうするか、考えなきゃいけないわ」


「俺は……。ここで終わるつもりはない。自由を掴んだ以上、それを守るために戦う覚悟があるよ。リセリアは?」


 リセリアは静かに頷き、彼の言葉を受け止めるように視線を合わせた。


「もちろん。ここまで来たからには最後までやり遂げるわ」


 彼女の力強い返事に、遥斗は心強さを感じた。そして二人は新たな決意を胸に、洞窟の中で体を休め、明日に備えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る