第5話 学校の冬兄 いち!!

七月。

大抵の人間にとっては暑くても、俺にとってはやっと過ごしやすい気候になったかというような時期。


「ひーむろっ!!」


窓際の一番後ろという、おそらく一番クラスメイトとの関わりが薄くなるであろう席の俺にわざわざ近づき、勢いよく話しかけてくる奴がいた。


唐野からのか……ちなみに、怪我してても俺は保健室じゃないから絆創膏ばんそうこうは渡さないし、お前は休んでたとかじゃなくて単純に寝てただけだから、ノートも見せないからな。で、その上で要件を述べてみようか?」


八重歯やえばのぞかせて人懐っこい笑みを浮かべる、そんな変わり者の友人に対して、俺はノートから目を上げることもせずに冷たく返す。


「うわっ……お前は俺の事を何だと思ってるんだ?」


学年で成績一位だがいつも一人だった俺に、コイツだけは何度も話しかけてきて……結局、成績最下位で留年寸前だったところを助けるくらいの付き合いは出来た。

その事を踏まえると……。


「え、何って……よく怪我する不幸体質で、授業中寝てノートを取らないせいで去年俺のおかげでやっと進級できた変人?」


真顔で言うと、唐野も釣られたようにすんっと真顔になって……次の瞬間にはガバッと顔を伏せた。


「うわ〜ん、氷室くんがいじめるよ〜!! 冷たい対応で有名な『氷の帝王』様が、正論でブッ刺してくるよ〜!!」


「うっっっっさ」


氷室冬夜という名前と、恐ろしいほどに美しいと言われる顔……そして何より冷たい対応から付けられたあだ名。

一年からずっと、俺の唯一の友人と言って良いほどの付き合いをしている唐野が……俺が嫌ってるその名前をわざわざ出してくる時は、決まって俺をおちょくる時だ。


「で? 本題は?」


「いや、さっき階段から落ちてさぁ? 二、三段だったから大した事ないんだけど、手ぇ擦りむいたから絆創膏くれん?」


なんやかんや言いながらも、結局予想通りに絆創膏を貰いに来ていた事に若干の呆れを感じながらも、そっと出して渡してやる。


「さんきゅ。そういやお前、いつ言っても絆創膏出てくるよな〜、しかも可愛いやつだし。俺には渡さねぇとか言ってくるくせにさぁ……怪我してるとこ見た事ないけど、何故なにゆえ?」


唐野は、ぺりぺりと絆創膏を擦りむいた部分に貼り付けながら、片手間というように訊いてくる。


「いや……一緒に登校してる子が、時々転ぶから」


そして、俺もノートを片付けながら聞いていたのと……あとは、昼前で少しぼうっとしていたからか、普段ならどうでも良いだろと言って誤魔化すところを、馬鹿正直に答えてしまった。


それが悪かったんだろう。

唐野は、絆創膏を傷に近づけたポーズのままあんぐりと口を開けて固まり、しばらくしてから復活したと思ったら、ふるふると震えながら俺の方を指差した。


失礼だし、あと絆創膏を落としてる。

なんてもったいない。


「はっ!? お前彼女いんの!?」


唐野の大声は、ザワザワしていた教室中に響いて……妙にしんっ、とした教室で俺は珍しく音を立てて椅子を引いて立ち上がった。


「違うわアホっ!!」

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