第一章

冬夜十七歳、夏明九歳

第1話 冬兄はズルい!!

ふゆにい!!」


冬兄が昔行ってた小学校からの帰り道。

コツ、コツとかっこいい音をさせながら前を歩く大きい背中が見えて、僕は大きな声で呼びかけてから駆け出す。

僕の足音は冬兄みたいのかっこいい音じゃなくて、まだタタッっという軽い音だ。


「ん? あ、なつくん」


ネイビーの制服をピシッと着た上に、中がモコモコしているパーカーを着込んだ冬兄は、マフラーで隠していた口元を出して僕に笑いかけてくれる。


僕に向けてくれているその笑顔を一瞬でも見逃すなんて、そんなもったいないことはしたくなくて……冬兄をじっと見つめる。

タタッ、タタッと自分の足音が静かな住宅街に響く度に冬兄との距離が縮まっていくのがすごく嬉しくて、大好きな笑顔を見ながら夢中で足を動かした。


「夏くん、前をちゃんと見ないと転っ……」


「あっ……」


全く足元を見ていなかった僕は、冬兄の言葉の途中で足を何かに引っかけて……体が宙に浮いたと思ったら、そのままどたっ、という音を立てて、頭から地面に倒れ込んでしまう。


「大丈夫!? ちゃんと足元に気をつけないと……」


「……うん」


駆け寄ってきた冬兄の手を借りながら起き上がった僕は、今すぐどこかに隠れてしまいたいような気分だった。


……恥ずかしい。

早く、冬兄を守れるくらいになりたいのに。

よりにもよって、冬兄の前で転んだ。

ダサい。頭から倒れ込むなんて、最っ高にダサい。


せめて泣くまいと唇を引き結んだ僕を見て、僕の前に屈んでいた冬兄はサッと立ち上がったかと思ったら、僕の周りをくるくると回り出した。


もう、ああ……怪我してるじゃないか。

小言を言いながら僕の体の一通り怪我がないか確認する冬兄は、明らかに僕を子供扱いしてて悔しいけど……。

それでもこうやって心配してもらえるのは嬉しくて……。


「どうしたの?」


再度僕の前に屈んだ冬兄は、情けなさと、悔しさと、嬉しさでぐちゃぐちゃになった僕を、かっこいい顔でこてんっと首を倒しながら見上げるから。


「……なんでもないしっ!!」


と、僕は赤くなった顔を隠しながらそう言って……冬兄は、いつもかっこいいのに、いつもかわいくてズルい!! と、そう思いながら冬兄を置いてスタスタと歩き始めた。


「あ、夏くん待って!! 春とは言っても外は寒いから、一緒に帰ってくれない?」


そんな僕を追いかけて、冬兄は僕に手を差し出す。

冬兄は、すっごく寒がりだから……。

きっと僕にとっては丁度いい今も、少し寒いのだろう。


「……冬兄は、すっごくかっこいいしかわいいのに寒さには弱いからな!! 仕方ないから、僕が寒さから守ってあげる!!」


「え、あ、うん。……ありがとう、夏くん」


「僕が守ってあげる」の部分を強く言いながら、僕はいつもよりも少し温かい冬兄の手を握って……また、家までの道を歩き始めた。



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