第5話
行きの十倍は長く感じた道を全力で乗り越え駅についた。電車はもう到着していたが、駅員さんに事情を話すと「特別だよ。」と言って電車を遅延してくれた。これを逃すと次は二時間後らしい。俺達は駅員さんにお礼を言い、急いで乗りこんだ。電車は最後尾の泉が乗ったと同時に発射した。俺達は丁度空いていた四人座席に座って一息つく。
「最後のダッシュ部活よりきつかった。」
藤原が鞄から出したプリントで仰ぎながら言った。待てそのプリント先週提出のやつじゃないか?
「まじやばかった。まだ心臓バクバクいってる。」
大げさに身振りしながら村木が同意する。彼の頬はまだ赤かった。俺たちが先ほどのダッシュや駅員さんの話で盛り上がっていると、静かに体の砂をはらっていた泉がため息をついたのが聞こえた。
「ねえ、なんで俺らがこんなに砂まみれになってると思う?」
泉は首を掻きむしりながら俺らに聞いた。いや、それよりお説教に近い気がする。先程までテンションが上がって騒がしくしていた俺達は、泉の急な怒りに思わず言葉が詰まった。
「えっと、海でいっぱい遊んだから?」
村木が恐る恐る手を挙げていった。
「それもある。けど一番の原因は?」
泉の考えにそぐわない回答だったようで、泉の機嫌がさらに急降下してしまう。村木は気まずいのか下を向いた。
「準備もせず、急に予定を決めたから?」
藤原が腹をくくったと言わんばかりの顔をして答えた。俺もこれ以上この雰囲気に耐えられないので手を組み祈った。
「正解。」
「なんで君たちはこんな計画性のないことをしちゃうんだ! てっきり前から予定してるものだと思って、準備も完璧なんだと思って誘いを受けたのに! ふたを開けてみれば計画のけの字もない! 誰も着替えを持ってきてないし、電車の時間は見てないし。もう、ほんとに…」
泉は俺たちに説教するなかで、その小さな目に海ができ、やがて決壊した。途中で何を言っているのか分からなくなって、残された俺たち三人はワタワタした。どうしたら泣き止むのか、というか電車の中なので他の人の迷惑にもなる、早く止めなければ、とか俺のキャパでは収まりきらない量を考え、俺の頭はショートした。そして傍観者に徹した。任せたぞ。
「大丈夫か? いやまあ俺たちの、というか村木のせいなんだけど。」
藤原が慰めの言葉を必死に絞り出している。それでも泉はひくひく泣き止まない。村木は何をしているのだろうと見れば、静かに爆笑していた。
「村木お前何で笑ってんの? 泉がこんなになっちゃったのに。」
視界に入る度気になって仕方がないので聞いてしまった。
「ぶぶぶ、いや、だって、泉の髪…!」
笑いを抑えるために口に手を当てていて聞き取りずらかったが、何とか意味を理解して泉の髪を見た。あっ。
「んっふふふふふ。ちょっと、泉、髪触って。」
発見してしまった違和感にこらえきれず笑ってしまう。やっと落ち着いてきた泉は、俺に言われた言葉に不信感を覚えながらも髪を触った。
「何これ…ぬるぬる、いやちょっとカピカピしてる?」
そう言って件の物体を掴んで目の方に持ってくる。
「え。これ…。」
そう! わかめである。いや実際何かしらの海藻なのだが、俺はわかめかもずくしか知らない。とどのつまり、泉が海に入ったあと頭についたわかめは、上手く髪の毛に隠れて今の今まで泉の頭で生きていたのだ! やっぱりあの時言わなくて正解だった。先程まで怒りと涙で赤くなっていた泉の顔は、また別の意味で赤く染まっていった。その様子に俺たち三人はまた大爆笑してしまった。
「あんだけ怒ってた時に頭にわかめいたって考えたら…やばすぎ。」
藤原はさっきの泉の様子と今を比べてそのギャップにつぼったようだ。俺も村木もその言葉を聞いて後を追う。
「……うるさい!」
耳まで真っ赤の泉は大事そうにわかめを握って叫んだ。勿論周囲の迷惑にならない程度に。今泉が何をしようと、もう俺たちは止められない。ずっと、ずっと、笑っていた。
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