最終話

 いつの間にか眠ってしまったようだ。まだ閉じていたい目をゆっくりと半目まで開け、目玉だけ動かして周囲を見た。俺の右側にいる藤原と泉は未だぐっすり寝ている。藤原はよだれをたらして、泉は手に持っていたわかめをはなしていた。村木はどうだと左をむけば、対面に座っているおばあさんと話していた。何となく起きないほうが良いかと思って、耳だけ覚醒させて盗み聞きすることにした。

「そっかあ、お兄ちゃん達は海に言ってきたんだね。」

おばあさんの声はかなりしわがれていたので結構な年齢のようだ。

「そうなんです。俺が誘って、皆楽しんでたように感じてたんですけど、結局怒られちゃって。」

「へえまあ。どうして?」

「実は、海に行こうって誘ったのは昨日なんです。」

「あらまあ。昨日の今日なんだねえ。」

「はは。そんで俺も予定をしっかり立ててなくて、海に行くことしか考えてなくて。電車調べたり、何するか考えたり、そういうのに頭が回らなくて。多分そういう雑なところが駄目だったんだなあって。」

村木の声は段々暗くなっていき、最後は何かを我慢してるようだった。数秒の沈黙が痛い。

「…。きっとその子はとっても楽しみだったんじゃ無いかなあ。」

「え?」

「お兄ちゃん達がどこの子か知らないけど、高校生って大抵忙しいでしょ? だから、久しぶりに一緒になれて嬉しかったんじゃない? その分ワクワクして、期待して、君の性格を見誤ったってわけじゃないけど。お粗末な現実と綺麗な理想、その落差が大きすぎて、ちょっと感情的になっちゃったんだよ。高校生らしくて良いと思うけどね。大人になってからじゃ出来ない、苦くても美味しい経験をしたんだ。」

おばあさんは宥めるような、涙を綿で包むような声で、優しく諭した。

「……っ。ありがと、うございます。」

村木の声は、電車の走行音で消されていった。


 「次は山本町~。山本町~。」

俺たちは電車から降りて、自転車置き場に向かった。藤原と泉はついさっき起きたのでずっと目を擦っている。歩きながら、今更スマホをみれば『二十一時二十七分』と大量の不在着信の通知が目に入った。全て母親からだ。今後の未来を悟って血の気が引く。皆も同様に、スマホを開くと顔が青くなっていた。村木の目は少しだけ赤い。その様子に思わず笑みがこぼれた。


 駅から出て、自転車置き場についた。朝と比べて冷たくなった自転車に懐かしさを感じながら鍵をさす。

「それじゃあ、お前ら。解散!」

村木が軍隊の隊長のように敬礼をする。解散するときに敬礼は使うものなのだろうか。カッコつけようとすると失敗するのは村木の特技と言える。誰も敬礼を返していない。

「じゃあまた明日ー。」

「おー。」

そう言って泉と藤原が帰った。そういえば藤原のボールが無い気がする。彼の荷物はリュック一つになっていた。

「じゃあ俺らも行こうぜ、佐藤。」

「おう…。村木。」

「ん? なに?」

暗い闇の中らんらんと光る目が二つ、こちらを向く。

「…。なんでもねえよ。帰ろうぜ。」

「? 変な奴だな。」

俺は風が吹いたように笑った。

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