第3話

 ガシャーン

電車を降りれば、クーラーが効いていて涼しかった天国から、分かりやすい熱地獄へと姿を変えた。俺達の町の駅とは違って、木でできた駅だったので少し驚いた。海が近いからなのか、ただ古いだけなのか。来たことのない場所に心が躍りながら、目的の海へと向かっていく。

駅を出れば目の前に広大な群青が広がる!……わけでもなく、少し歩く必要がありそうだった。

「ここから浜辺までどうやって行くの?」

高揚しながらも冷静に泉が聞いた。さすが優等生。猿みたいにはしゃいでる村木と藤原とは違う。

「え、しらねー。」

「おい。」

「まあどうにかなるべ、こっちの道行こー。」

そう言うと村木はてくてく右の道に行ってしまった。俺たちは呆れながら着いて行く。折角知らないところに来たのだし、と周囲を見ていれば、道端に咲いている花や木はなんとなく知っているものが多いことに気づいた。

「これビワじゃね。」

気になって近づく。

「なにそれ。」

村木が不思議そうに幹を眺める。

「オレンジ色の実がなるやつ。」

「へー。美味いの?」

興味なさそうに俺に聞いた。

「さあ、でも美味そう。」

テレビ情報のみの俺は、感想だけ述べた。村木は飽きたようでさっさと行ってしまった。数少ない知識を披露出来て嬉しかったが、俺もお別れして着いて行く。俺達は、珍しいものがあれば必ず止まり、美味そうだとか綺麗だとか、知識がないなりに見知らぬ場所を楽ししんだ。制服は、俺が絶えずかく汗を吸収し、中々大変なことになっていた。それは他の三人も同様で、いっその事海に入ってしまおうかなんて話した。他にアイスやらかき氷やら食べたいだの藤原が騒いでいたが、如何せん進んでいる道の近くに店がない。そういえば店で思い出した。

「藤原~結局その丸いやつなんなの?」

俺の言葉に反応した藤原は、ニヤリと笑う。汗をダラダラたらした顔はきもかった。

「ふっふっふ、聞いて驚け。これは…。」

もったいぶって中々出さない藤原にしびれを切らして泉が奪った。一番小さいながら一番俊敏である。俺が勝てるのは身長しかない。

「これ…ビーチボールだ。」

俺と村木の驚いた声が町に響く。この白と水色の丸い球体は、確かにビーチボールだ。でもなんで? いや、そういうことか。

「お前が朝早起きした理由ってこれ?」

藤原はやれやれと邦画でありそうな動作で答えた。

「佐藤から村木が何も考えてないって聞いてたからさ。村木はほんとになんも考えてないだろうし、どうせ海入れないし、これぐらいは遊びたいなと思って。」

「お前…俺を信用しろよ。」

貶された村木が悲しそうに藤原の肩に手を置く。藤原はその手を振り落とした。

「ただ、山の田舎にはビーチボールなんて売ってなくてよ。どの店探してもなくて、結局家の近くのじいちゃんからもらったわ。早起きで助かった。」

そう言って、藤原は「俺がMVPだ」といわんばかりに胸を張り、ずんずん歩いて行く。村木は昼の夢が思わぬところで叶ったので「藤原様!」とはやし立てた。今だけ藤原の汗が勲章の汗に見えてくる。

 道が狭いため一列に並んだ俺たちは、ようやく浜辺に着いた。ズシャズシャ、ザシザシと音を立て「海だ~!」とバラバラに砂浜を走る。スニーカーが砂を踏む音は、海に入るときのビーチサンダルとはまた違う音を立てる。しかも砂は細かく、靴の先端のメッシュに大量の砂が入って、指の隙間に入り込む。気持ち悪さに足を捻ると、足がジュウウと砂に沈みこけそうになった。今すぐ靴下を脱ぎたい。でも脱いだところでどうせ靴の隙間に入った砂と汗の凶悪コンボが繰り出される。その上海からの湿った風と、まだ退勤してくれない太陽が、守るものがない俺たちの頭皮と体を狂わせていく。そういえば、砂を掘ればアサリが出てくるんじゃなかったっけ。そう思って足元の砂を掘り始めた。掘っても掘っても石とたまにきれいな貝殻が出てくるだけである。爪に砂が入り、足のことも相まってさらに窮屈感を感じた。俺のモグラのような姿を見て村木も一緒に同じことをし始めた。ただやっぱりアサリが出てこない。まだ時期があってないのだろうか? 俺と村木が海を忘れ砂にまみれていると、

「おいみんな、バレーしよーぜ。」

と遠くの藤原から声がかかった。彼も彼で遊んでいたようで、制服のズボンが真夏の夜空の様に砂で汚れていた。

「めっちゃ忘れてたわ。やるかあ。」

砂いじりにすっかり満足した村木が背伸びしながら藤原の方に向かう。あいつの膝にも砂は沢山ついていて、これは家に帰ったら全員怒られると確信した。承知の上だが。

「…あれ、泉は?」

俺も背伸びしつつ歩いていたが、視界の内側に泉の姿がない。一六十センチ程の高校生にしては小さな体は、猫背なのでもっと小さい。だからと言って見つからないはずがない。挙動不審な俺をチラ見した藤原と村木はせっせとバレー用のラインを砂に引いていた。意味あるんだろうか、それ。俺は急いで水筒を持ち、泉を探しにさっき来た道を探した。草をかき分け木の裏まで探したがやはりいない。水分補給しながら周辺三十メートルは見て回った。いない。どこに行った? まさか誘拐された? こんな人のいない町に、学生四人だけで遊んでいれば狙われても気付けない。そんな考えに至った俺はいてもたってもいられず走って二人の方へ向かった。

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