九月十六日 深夜 番外編

「晃、おはよう。」

「……。」

「朝ごはんは、パンとご飯どっちにする?」

「ん…。」

「晃ー。そろそろ起きないと、遅刻するよ。」

「んあ…?まだいけるって…。」

「んふふ、ダメだよ晃。」

笑った朔に布団を剥がされて、寒さに震えてそこで目が覚めた。

随分と幸せな夢を見ていたような気がする。

「…マジかよ。」

朔が生きていて、小さなアパートで二人一緒に暮らす夢。

実際は蹴り落とした掛け布団がベッドの下に落ちていて、付けていたエアコンの寒さに震えただけだった。

「…はぁ、もう一回寝るか…。」

欠伸をしてから掛け布団をベッドの上に引っ張り上げると、丸まってうずくまる。

大きく深呼吸を繰り返していると、普段なら眠気が襲ってきてすぐに眠りにつくのだが、今回はそうもいかなかった。

モゾモゾと掛け布団の中から顔を出し、近くに置いていたスマホで時間を確認すると、深夜二時四十七分だった。

「んー…。」

なかなか寝付けない晃は、寝返りをゴロゴロと何度も打つ。

そもそもどうして、夢の中の自分は朔と二人で小さなアパートに住んでいたのだろうか。

夢は自分の願望を表していると言うし、朔と一緒に暮らすのも、自分の心の奥底に眠る願望の一つでもあったのかもしれない。

「シェアハウスか…。してみたかったかもな。」

天井をぼんやり見上げ、朔に思いを馳せる。

朔にシェアハウスを提案したら、驚きつつも受け入れてくれるだろうし、シャンプーが切れてるとか、帰りに卵買って来てとか、そんな何気ない会話をしてみたかったかもしれない。

想像するだけで楽しい時間を過ごせるのは、今まで一度も大きな喧嘩をした事がなく、お互いがお互いを思い合ってきたからだろうか。

想像していたら目が冴えてきてしまい、ますます眠れなくなってきてしまった。

晃は水でも飲むかと掛け布団を捲り、ベッドから立ち上がると自室の扉を開けた。

階段を降りてリビングに向かうと、オレンジの蛍光灯がついていて、ボヤボヤと部屋の中が映し出されていた。

眠れないのなら、リビングで過ごすのも良いかもしれない。

晃はコップに水を入れて、茶色いL字型のソファーに腰掛ける。

ボスッと鈍い音をさせてから、瞬きの間にリビングに静寂が広がる。

水を一口含むとぬるいように感じて眉間に皺を寄せたが、わざわざ氷を取りに行くのも面倒に思った晃は、コップをテーブルに置くと、ソファーの上で寝転んだ。

テレビでも付けようかと考えて、リモコンを手に取ろうとしてやめて、伸ばした左手をそのまま下ろすとテーブルにぶつけた。

「…痛え…。」

ジンジンする左手の指先を、右手でさするように撫でるとソファーの上でうずくまった。

痛みごとどこかに消えてしまえたら、どれだけ楽だろうか。

朔と一緒に、あの日どこか遠い場所へ連れて行ってもらえたら、どれだけ良かった事か。

段々とうずくまっていた足を伸ばして、ソファーに全体重を預ける。

スプリングの沈む音が静かなリビングに響く。

滲む涙もそのままに、このまま寝てしまおうと瞼をゆっくり閉じて、深い呼吸を繰り返す。

また朔の夢でも見れたらいいと思いながら、意識が遠くなるのを感じて手放そうとした瞬間に肩の辺りを揺すられる。

「晃、晃!」

「ん…うんー。」

「こんな所で寝てないで、部屋に行きなさい。」

「…うん、わかった。わかったから。」

「お水飲むの?片しちゃうけど。」

「あー、自分で片すよ。…母さんも早く寝たら?」

「はいはい。」

パタンとリビングの扉が閉まる音が聞こえてきて、ソファーの上で伸びをする。

放置していたコップに入っていた水を飲み干して、歩いてキッチンまで向かいシンクの中にコップを置くと、晃はもう一度伸びをすると自室に戻った。

ベッドにダイブして置いておいたスマホで時間を確認すると、深夜三時十五分だった。

今度こそ寝ようと欠伸をしながら深く息を吐き出すと、体の重さを感じながら晃は、また幸せな夢が見られるように願いを託して、そのまま瞼を閉じた。

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弓張り月のメリーゴーランド @aozope01

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