九月十三日 昼

晃はスマホの画面と睨めっこしていた。

検索履歴には花や、花言葉と花関連のワードが沢山並んでいた。

いつもの花屋に出向いて見繕って貰うのも良いとは思うが、せっかくなら自分で選んだ花束で喜んでもらいたい。

「朔に送る花は、何がいいか悩むな…。」

赤、青、黄色、色とりどりのブーケや、プリザーブドフラワーが画面の中に並ぶ中で、晃は一旦スマホの画面をオフにした。

スマホを持っていない左腕で目元を覆うと、真っ暗な世界が広がる。

好きな人の、朔の喜んでいる顔や笑っている顔、様々な表情が瞼の裏に浮かんでは消えていく。

想像するだけで幸せな気持ちになれる自分は、なんて簡単な奴だろうと思う。

「あ……き、…晃!」

「うわっ!?え、何?急に部屋に入ってくるなよ、母さん!」

「何度もノックしました。返事がないから心配したのよ。」

「そ、それはごめん。」

謝ると目の前にエコバックを差し出される。

晃がそれを受け取ると、母親はニコニコと笑う。

「え?何、なんで笑ってるの?」

「買い物に行ってもらおうかなと思ってね。」

「また!?今度は何を買い忘れたわけ?」

「カレー粉!いつものやつお願いね!」

そう言うと千円札を手渡してから下に戻る母親を見送り、数分程うだうだとしながらも着替えて買い物へ行く準備をした。

「行ってきまーす。」

「はーい!行ってらっしゃーい!」

玄関で母親に聞こえるように声を出して言うと、晃の倍の声量で返事が戻ってきた。

外に出ると、まだまだ残る眩しい夏の日差しにうんざりした。

スーパーへと行く道すがらに小さな公園があるのだが、そこのベンチに見覚えのある人が腰掛けている。

ちょうど日陰になっている公園のベンチに座っていた朔の母親に、晃は緊張からか声が上ずりながら意を決して声を掛ける。

「…っ、あの…。朔のお母さん、お久しぶりです。」

「ああ…、久しぶりね、晃くん。…元気にしてた?」

「…はい。あ、あの…。ここ暑くないですか?俺、飲み物買ってきます。」

「ううん、大丈夫よ。もう帰るところだから。」

「……そうですか…。」

そう言うと立ち上がる朔の母親に、小さく残念そうに返事をした晃だったが、朔の母親が何を見ていたのか気になって、もう一度話しかけてみる。

「…あの、何を見ていたんですか?」

「向日葵よ。…あの子は、朔はね、向日葵が好きだった。」

「向日葵、ですか?」

「ええ。子供の頃によく行っていたひまわり畑で、自分より背の高い向日葵を見上げて、笑顔を見せてくれていたの。」

「…そうだったんですね。」

「晃くんとは、行ったことがなかったかしら。」

朔の母親の言葉に晃が頷くと「そう。」と短く返事をして、またどこか遠くを見つめる。

「…私はまだ、大きく咲き誇る向日葵みたいに、前を向けそうにもないわ。…あなたもそうでしょ?」

「…はい。」

「四年前の事、ずっと謝りたかった。…ごめんなさい。気が動転してたとはいえ、あなたに酷い事を言ってしまった。」

「…いえ。俺の方こそ、すみませんでした。」

「顔を上げて。あなたが謝る事はないわ。…いつも、朔の事を思ってくれてありがとう。私ね、あの子はきっと幸せな人生を送れたと思うの。本当に、良いお友達を持って良かったわ。」

頭を下げた晃に朔の母親は涙を目に浮かべながら優しく微笑むと、晃の肩の辺りをぽんぽんと軽く触れた後に自宅へと帰って行った。

朔のお母さんの姿が見えなくなるまで見送った晃は、朔に向日葵を送る事に決めた。

朔が好きな花を知る事が出来て嬉しくて、ニヤける頬を手で戻しながら、スーパーへと向かった。

カレー粉を買ったスーパーからの帰り道、いつもの花屋に立ち寄るとひんやりした店内の奥から顔見知りの店員さんが「ああ。いらっしゃいませ。」と声を掛けてきた。

「今日は何の花にしますか?」

「向日葵を花束にして欲しくて…。」

「はい、向日葵ね。いくつか種類があるけど、どれにしますか?」

「あ、えっと…。こっちの黄色が鮮やかな方でお願いします。」

「はいはい、ありがとうございます。何本でお包みしましょうか?」

「十一本でお願いします。」

「十一本!向日葵だけでいいですか?かすみ草とか、お付けしますか?」

「いや、向日葵だけでお願いします。」

「かしこまりました。お包みしますので、少々お待ちください。」

「わかりました。」

「…こんな感じでお包みしました。よろしいでしょうか?」

店の奥の方から花束を見せてくれた店員さんにお礼を伝えて晃は代金を支払うと、店を出てからうんざりするほど暑い外気に顔を顰めた。

でも、不思議な事に朔の喜ぶ顔を思い浮かべただけで晃は心が踊って、暑い日差しのことなど気にならなくなった。

足取り軽く、家までの帰り道は流行りのラブソングを鼻歌交じりに歌い歩いた。

「ただいま。」

「おかえりなさい。あら、向日葵。お母さんにプレゼントかしら?」

「違うよ、人にプレゼントするんだ。」

「人って…、陽葵ちゃん?あなたたち付き合ってたの?」

「だから違うってば!何で陽葵が出てくるんだよ。」

「そんなに怒らなくてもいいじゃない。何を探してるの?」

「花瓶!まだ渡さないから水につけておこうと思って。」

「あら、そうなの。それなら、こっちにしまってあるわよ。…はい、花瓶。」

「ありがとう。」

晃は嬉しそうに花瓶を受け取ると、思い出したかのようにエコバックの中に入ったカレー粉を渡す。

「ああ、ありがとう。うん、いつものカレー粉ね。」

「…あのさ。」

「うん、何?」

「さっき、朔のお母さんに会ったよ。」

晃の言葉に少し目を見開き、母親は驚いた様な顔をしていた。

母親の顔を見たら言わない方がよかったかもしれないとも思ったが、晃は言葉を続ける。

「四年前の事、謝られてさ…。それと、良いお友達を持ったって言ってもらえた。」

「そう…。そうなの…。」

「うん。だから、これからも朔の墓参りは続けるつもり。」

話をしながら向日葵を花瓶に入れると、ドボドボと水を入れる。

晃の強い意志を持った言葉に、何も心配は要らないんだなと小さく何度も頷くと、母親がバシンと背中を叩く。

「痛え!危ないな…。花瓶を落としたら大変だろ。」

「ふふふ、良かったじゃない。」

「…うん。良かった。」

二人は涙を流して頷きあっていた。晃はじんわり心が温かくなったような気がした。

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