九月十三日 深夜

晃は自室のベッドの上で寝転びながら、朔に自分の気持ちをいつ伝えるべきか悩んでいた。

白髪の老人に声をかけてもらい、これだけチャンスを貰っているというのに、活かしきれていない自分に対して腹立たしい気持ちになっていた。

ゴロゴロと何度も寝返りを打ちながら頭を抱えて晃が丸くなっていると、足の指を甘噛みされる。

「痛っ!え!?何?」

晃が突然噛まれた足を持ち上げると、白い猫が足元にいた。

「何ださく…さくのご飯が欲しいのか?いや、あれはカリカリか。」

朔と呼びかけて慌てて軌道修正をしたが、無理があったのか白い猫が目を細めて晃を見る。

「あ、いや…うん。食べるか?リュックの中に入ってるはずだから。」

晃は気まずそうに白い猫から目を逸らしベッドから立ち上がり、リュックサックの中からカリカリした猫餌を少量掴むと、ベッドに腰掛けて右手を猫に差し出す。

白い猫は晃の手から直接餌を食べ始めた。

白い猫は晃の手を綺麗に舐めると、晃はザリザリとした感触が手に残り、何とも言えない痛みと擽ったさが残った。

「水も飲むか?」

毛繕いをしている白い猫に晃が聞くと、その場で丸くなり「にゃあ」と鳴いた。

必要ないという意味だったのだろうか。

眩い光を放っているメリーゴーランドが、晃の目の前に現れた。

「晃、今日も眩しそうだね。」

「何回ここに来ても目が慣れなくてな…。」

「んふふ。確かに眩しいもんね。」

右手で左肘の少し上の辺りで掴んで、微笑みを浮かべている朔を薄目で見る晃は苦笑いを浮かべる。

そんな晃に手を差し伸べる朔の手を取り、晃は瞬きを繰り返しながら、メリーゴーランドまで一緒に走り出した。

カボチャの馬車に二人が乗り込むと、ゴウンと大きな音を立てて動き出すメリーゴーランド。

「昼間に久しぶりにさ、千と千尋の神隠しを観たんだよ。」

「そうなんだ!僕も千と千尋の神隠し好きだから観たかったなぁ。」

「俺ん家に来ればいつでも…、観られないか。ごめん。」

「ううん、大丈夫。」

「でも、観ながら朔の事を思い出してた。」

二人が目を合わせると、朔は恥ずかしそうに頷き、耳につけていた赤い飾り紐のピアスがふわりと揺れて「ありがとう」と、小さな声で晃に言った。

二人の間に温かな空気が流れたのを感じ取り、チャンスは今しかないと、晃は言葉を切り出す。

「なあ、朔。俺、ずっと前から朔の事が好きなんだ。」

「えっ…?」

「…今も変わらず好きなんだよ。朔は勘がいいから、俺の気持ちに気づいてたかもしれないけどさ。」

恥ずかしそうに頬を掻く晃に、朔は緩く首を横に振ると、悲しみを含んだ表情を浮かべた。

「…そっか。ありがとう晃。今も想い続けてくれて。」

「朔…。」

「僕も晃がずっと好きだった。でも、駄目だよ。僕は、僕以外の誰かと、晃が幸せになって欲しいと思ってる。」

「…なんで、そんな悲しい事言うんだよ。」

「晃、僕は死んでるんだよ?…いつかは僕の知らない女性と結婚して、…それで…すっかり僕のことを忘れて、晃に幸せな家庭を築いて欲しい。」

朔に初めて拒否された事に耐えられなくなり、目に涙を浮かべて悲しそうに唇を噛む晃は、膝の上で拳を握り締める。

「…こういうのって何て答えたら正解なのかわからないし、上手く言えないんだけどさ。男とか女とか、俺にはそんなの関係なくて。朔だから…、朔だから好きになったんだよ!」

晃の言葉を聞いて静かに横に首を振る朔は、瞳の中に悲しみの色を浮かべていた。

「晃…。もっと他に幸せになる方法が必ずあるはずだよ。わざわざ晃が辛い思いをする事はないんだよ。」

「他の人がいいとか、もっと他に幸せになる方法があるとか、そういうんじゃなくて!一緒に幸せになるなら、俺は朔じゃないと駄目なんだよ!」

真っ直ぐ朔の目を見つめて話す晃が眩しく感じて、朔は思わず目を逸らして涙が両目から零れ落ちて止まらなくなってしまった。

「…そんなの、困るよ。だって、どうしたらいいの?僕はもうすぐこの世から居なくなるのに、晃にだけまた辛い思いをさせて、消えて居なくなるのに…。」

「それでもいい。」

「…え?」

「それでもいいから、俺の傍にいてくれ。例え朔の姿が俺には見えなくても、一生一緒にいて欲しい。」

晃の言葉を聞いて朔は両目からボロボロと大粒の涙を零し、ようやく自分の気持ちに決心が着いたのか晃に向き直る。

「…僕、晃が浮気したらその人の事呪っちゃうかもしれないよ?」

朔の言葉に晃は吹き出して笑うと、愛おしそうに朔を見つめて、自分の右手を朔の左の頬に添えると親指で頬を撫でる。

指先が伸びた先で、耳朶を人差し指と中指で軽く挟みながら赤い飾り紐のついたピアスを弄る。

「目の前にこんなに好きな人がいるのに、俺が浮気すると思うか?」

「…しない、と思う。……晃の事、本当に好きでいていいの?」

「もちろん。」

不安そうに涙目になって、上目遣いで見上げてくる朔を晃は両手で抱き締める。

体をそっと離し、晃が朔の左の頬に再び手を添えると、その手に擦り寄ってきた朔。

二人は微笑みながら見つめ合うと、お互いに瞳を閉じて、幸せを噛み締めるように、晃は朔の唇に何度も触れるだけの口付けを落とした。

好きな人に愛されていると、ようやく実感した朔は心から幸せでいっぱいになり、閉じていた瞳から涙が溢れて止まらなかった。

晃は自分の手が濡れている事に気がつき、驚いて目を開くと目の前にいる朔が泣いている。

「朔、なんで泣いてるんだ?」

「んふふっ。幸せでいっぱいだからかな。」

「そっか…よかった…。」

晃は朔の肩に寄りかかると、首筋の辺りで頭をグリグリと朔に押し付ける。

擽ったそうに身を攀じる朔を横目で見て、晃は一人幸せを噛み締めていた。

メリーゴーランドが静かに止まると、朔の体が段々と薄くなって消えていく。

もう少し一緒にいたい気持ちが大きい二人だったが、お互いに名残惜しそうに手を振り合っていると、朔が晃の頬にキスをしていたずらっぽく笑うと消えていった。

「それはずるくね…?」

晃がキスをされた部分を押さえて呆然としていると、白い猫がやってきて「にゃあ」と鳴いた。

グニャリと歪む視界に、細い月が映り込む。

晃はそっと目を閉じて、遠のく意識の中で、先程起きた嘘のような幸せな出来事を瞼の裏に思い浮かべていた。

いつものように昼過ぎに目を覚ました晃は、夜の事を思い出してニヤけていた。

好きな人と両思いになれるという事はとても幸せで、晃は夢でも見ているようだった。

「夢オチとか最悪な展開はやめてくれよな…。うわっ!?」

ドタンッとベッドから転げ落ち、体を打ちつけた晃。

じんわりと痛みが拡がっていく体に夢じゃないと実感した。

「俺、朔と…付き合ってるんだよな……。」

床に転がったまま大の字になり、朔の事をポヤポヤと思い出しては笑みが止まらない晃。

「へへへっ…。」

「晃、大丈夫?頭でも打った?」

「うわっ!?母さん!?」

晃の洗濯物を畳んで持って来た母親が、入口の前に立ち、晃を心配しつつも顔が若干引き攣っている。

「洗濯物、ここに置いておくから。何かあったらすぐに病院に電話をするから、隠さず言いなさいね。」

そう言うとパタリと扉を閉じた。

おそらく全てを見られていた恥ずかしさから、晃はその場で頭を抱えて丸くなった。

「恥ずかしい…。恥ずかしすぎるだろ!!」

浮かれすぎた部分を反省し、大人しくベッドに潜り込んだ晃は、また眠りに就こうと思ったが、何度も寝返りを打ち恥ずかしさから足をバタバタと動かしていた。

もちろん眠れるはずもなく、掛け布団の中に枕を引き込み、それで自分の口元を塞ぐと声が漏れないように大声で叫んだ。

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