九月十二日 昼
晃が次に目を覚ましたのは昼過ぎで、キチンと部屋のベッドの上で寝ていた。
謎の咳も落ち着いているし、むしろ体調も良く感じる。
朔が頬以外にも触れた感触が残っているのに、晃は上手く思い出せなかった。
少し不満そうに頭を掻きながら一階のリビングに行くと、晃は何となくテレビをつけた。
L字の茶色のソファーに晃が腰を下ろすと、朔との思い出を甦らせる為に、あの日録画しておいた「千と千尋の神隠し」を選択肢の中から選び、リモコンの再生ボタンを押した。
映画が終わる頃には、窓の外は夕方になっていた。
雨が降り始めたのを見て一度洗濯物を取り込んだが、畳むことなく放置した洗濯物が山ずみになったままリビングの端の方に放置してある。
「…畳むか。」
晃がよいしょと腰を下ろし、胡座をかいてバスタオルの端を掴むとバサバサと雑に畳んでいく。
エンドロールと共に流れる曲が心地の良いBGMとなり、一抹の寂しさを抱えた晃の心にじわじわと染みていく。
ふと、夜中の出来事を思い出して晃は洗濯物を畳む手を止めた。
「朔に…キスしたんだよな、俺。」
おでこにだけど、と自分の唇を触りながら感触を確かめる。
少し硬い指先が熱を含んでいる。
今思い出してみても、勢いとはいえ自分の大胆さ加減によって恥ずかしさに駆られている。
「ぐあぁ…、何してんだよ俺……。」
体をリビングの床になだれ込むように倒し、手に持っていたタオルに顔を埋めて、息を止める。
だんだん苦しくなって、ぷはっと息を吐き出してから深く呼吸をすると、自分の心臓の音がうるさい程大きく聞こえた。
このままの距離感でいたいと思ったのも、でも、もう少しだけ朔に近付きたいと思ったのも本音で。
どうしたらいいのか、自分でもよく分からないと晃は悩んでいた。
「はあ…。」
「あら、珍しい。畳んでくれてるの?」
「うわっ!?」
晃が大きなため息をつくと、いつの間に帰宅していたのか母親に声を掛けられる。
手に持っていた自分のTシャツを、思わずギュッと握ってから抱きしめてしまった。
「何?そんなに驚くこと?」
「まじでビビった…。過去一ビビった。」
「大袈裟な子ね〜。洋服畳んでくれてありがとう。」
「お、…うん。」
よいしょと、晃の隣に腰を下ろした母親が、テキパキと残りの洗濯物を畳む。
「母さん、雨大丈夫だった?」
「うん、会社出る頃には止んでたからね。」
「そうなんだ。良かったじゃん。」
「日頃の行いがいいからかしらね。」
そう言うと、ふふっ、と優しく笑った母親につられて晃も笑う。笑いながらもその手を休める事はなく洗濯物を畳み終えると、母親は自分の洗濯物と父親の洗濯物を持って寝室に向かった。
一方リビングに一人残された晃は、自分の洗濯物を抱えると二階の自分の部屋へと向かった。
階段を登り終えて自分の部屋の扉を開けると、少しモワッとした暑い空気が籠っていた。
この部屋は暑すぎると眉間に皺を寄せて、洗濯物をローテーブルの上に置くと、エアコンのスイッチを入れた。ピピッと音が鳴って、涼しい風が当たると晃は思い切り伸びをした。
「んんっ〜……っはぁ〜〜!涼しい〜〜。」
エアコンの偉大さに感動しながら、ローテーブルに置いていた洗濯物に手を伸ばして、一つずつタンスの中にしまっていく。
洗濯物を全てしまい終わり、自分のベッドの上に寝転ぶと息を吐き出した。
朔と一緒にいた頃の夢でも見たいと目を瞑り、少しだけ眠りに入ろうとしたところで下の階から母親の声が聞こえる。
「晃〜!買い忘れがあるから買ってきて欲しいんだけど〜!」
「マジかよ。……今行くー!」
母親に大きく返事をしてから、ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打つ。
返事をしたものの行きたくないと思っている晃は、このまま寝てしまうのも有りかと思っている。
「晃!買い物行ってってば!」
「あーはいはい、今行きますよ。」
「はい!は、一回!人参と生姜、それと好きなアイス買っていいよ。」
お願いね、と部屋まで尋ねてきた母親に渋々返事をし、エコバックと千円札をローテーブルに置いていかれてしまった。
ボリボリと面倒くさそうに頭を搔くと、仕方ないなと立ち上がった。
カーテンでも閉めるかと窓辺に立ち寄ると、夏の夕空を映した水溜まりが風に吹かれて揺れていた。
キラキラと夕日を反射した水面が綺麗で、少しの間見つめていた。自分の心もあの水面くらいキラキラと輝いていて、綺麗なものであればいいのにと思いながら、晃はふっと息を吐き出してカーテンを閉じた。
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