九月十日 昼
怒涛の四日間が過ぎ、朔と会えるのは残り三日となった。
晃がスマホで時間を確認すると、十四時を過ぎていた。
シャワーでも浴びようかと晃がスマホと着替えを持って二階から降りてくると、リビングにあるL字のソファーに陽葵が座っていた。
「うわっ!俺ん家で何してんだよ、陽葵。」
「晃くんの事待ってたの!っていうか、うわってなによ!」
「そうよ、晃。陽葵ちゃんに失礼でしょ!謝りなさい。」
「…さーせん。」
頭をボリボリ掻きながら、全く謝る気のない晃は女性陣からジト目で見られ、気まずくなったのか風呂場に直行し、三十分程で風呂から戻って来た。
特に髪型もセットしていない晃に陽葵は胸がときめくのを感じた。
「んで、陽葵は何の用があって来たわけ?」
「言い方にトゲがあるなぁ。暇ならいつものカフェに行こうよ。」
「暇じゃないし、行かない。はい、解散。」
太股をパチンと叩き立ち上がる晃の左腕を両手で掴み、陽葵は必死に引き止める。
「ねえ、たまには外に行こうよ!」
「この前の祭と、四日前にも陽葵と外で会った。」
「祭って八月の話じゃない!ねえ、晃くん行こうよ!話聞くからお願い!」
ピクリと晃の肩が反応する。陽葵の方を見ると真剣な顔をしていた。
「…はあ、仕方ないな。母さんちょっと出かけてくる。」
「はいはい、行ってらっしゃい。陽葵ちゃん、またいつでも来てね!」
「はい!お邪魔しました。」
陽葵に先に玄関に向かうように言うと、晃は自室にカバンと財布を取りに行き、充電が残り五十パーセント程のスマホもバッグの中に入れると階段を降りた。
「待たせたな。」
「ううん、全然!」
玄関の扉を開けて、陽葵を先に外に出すと、晃自身は家の中にいるまま玄関の扉を閉めようとした。
「ちょっと晃くん!!」
「分かってるって!冗談だよ。」
振り返った陽葵が「油断も隙もない」と怒っている顔に、晃は朔を重ねて見ていた。
朔が怒る時は大抵、一緒にやろうといった夏休みの宿題を晃が直ぐに飽きて、漫画を読み始める時だ。陽葵にどこまでも朔を重ねて見てしまう自分は最低な奴なのかもしれないと、陽葵に気付かれないように自嘲するように笑った。
カフェに向かう道中、陽葵の少し後ろを歩いていた晃は、先程はつけていなかった陽葵の耳につけているピアスがふと目に入った。
朔の赤い飾り紐のついたピアスに似ていると、直感でそう思った。
「陽葵。」
「何?晃くん。」
振り向いた陽葵の耳につけていたピアスは、やはりあの日選んだピアスと同じで、晃は身体中に鳥肌が立つ程ゾッとした。
高校二年生の夏休み、地元の祭に浴衣で出かけた時に、朔は飾り紐が解けてピアスが付けられなくなったと言っていた。
だから、また違うピアスをお揃いで買おうと約束もした。
心臓がバクバクと大きな音を立てている。
「…なあ、陽葵。そのピアスどうしたんだ?」
「えっ…?ああ、これ?どう、似合うでしょ?お兄ちゃんが高校生の時にくれたの。」
「…へえ?朔は、その飾り紐が解けてピアスがつけられなくなったって言ってたけど。」
「えっ…。あの、それは…、何か、お兄ちゃんの勘違いじゃない?」
「朔が俺に嘘つくわけないだろ!!」
しどろもどろに答える陽葵に、晃は思わず怒鳴りつけて、陽葵に詰め寄った。
「陽葵、朔のピアス盗んだんだろ?」
「ぬ、盗んでなんか…!」
「じゃあ、なんでそれを耳につけてるんだよ!」
「だから、お兄ちゃんに貰ったんだってば!」
「朔が俺とお揃いの物を、そう簡単に陽葵にやるとは思えない。」
「晃くんは、どうして私の言葉を信じてくれないの?」
「高二の夏、朔が祭にピアスをつけて来なかったんだよ。悔しそうな顔をして泣きそうになってた。俺は、あの顔が忘れられない。」
晃がそう言うと、陽葵は観念した様に喋りだした。
「晃くんの言った通りあの夏祭りの日、お兄ちゃんがいない間にピアスを隠したのは、私。」
「陽葵、お前っ…!」
「お願い待って、最後まで話を聞いて。…ほんのちょっとの間だけ隠すつもりだったの。でも、あまりに必死に探すお兄ちゃんを見てたら、いい気味だと思ったの。普段、晃くんの事独り占めしてるし。」
「……。」
「もちろん、お兄ちゃんの部屋に呼ばれて怒鳴られたよ。僕のピアスをどこにやったんだって。凄い剣幕だったから、私怖くて泣きながら、知らない!だいたいあの色のピアスは女の子がつけるものでしょ!って言っちゃったの。」
そう言うと泣き出した陽葵を睨み、晃は握った拳をブルブルと震わせていた。
「…それだけか?」
「えっ?」
「朔を傷付けるような事を、他にはしていないかって聞いてるんだよ。」
「他は…。お兄ちゃんに見せつけるように、晃くんと何度も腕を組んだりしてあっかんべーをした。…でも、私だって晃くんの事がずっと好きで、お兄ちゃんばっかりずるいって思うのは仕方ない事でしょ?それに私、お兄ちゃんごめんなさい。許してくださいって、何度も仏壇とお墓の前で謝ってきたんだよ。」
「だからなんだよ!ふざけんなよ!」
「晃くん!ねえ、晃くん待って!」
陽葵の呼び掛けを無視して、晃は早歩きで家路につく。
何とか走って追いついた陽葵が、両手で晃の右腕を掴むと勢いよく振り払われる。
「触んなよ!!今更許せるわけないだろ!朔がどれだけ傷付いて、どんな思いで俺に嘘までついたのか…!」
「…ごめんなさい。本当にごめんなさい… 。二人にとって、そんなに大切なものだなんて、私思ってなかったから…。」
「……返せよ。」
「…え?」
「このピアスは、俺達にとって記念のピアスなんだよ。他の奴が持ってると思うと腹が立つし、朔の気持ちを思うと、例え相手が陽葵だとしても許せない。」
陽葵は大きな目を更に大きく開き、瞳いっぱいに涙を溜めると、抑えきれなかった涙が一斉に両目から溢れ出す。
震える手でピアスを取り、晃に渡すと「ごめんなさい」と小さな声で謝った。
「悪いけど俺、陽葵の気持ちに応えるつもりはないから。」
そう言って陽葵に背を向けると歩き出した晃に、グッと唇を噛んでいた陽葵が涙声で言う。
「それは、お兄ちゃんが好きだから?」
確信をついたその一言に、晃は歩みを止めて冷めた目で陽葵を見る。
「仮にそうだとして、陽葵に関係ないだろ。」
「っ…あるよ!好きだって言ってるじゃない!」
晃は陽葵を一瞥すると背を向けて歩き出し、その場で泣き崩れた陽葵を心配しようともせず、一度も振り返るような素振りを見せなかったのは、晃自身も口元を隠すようにして泣いていたからだった。
家に戻ると晃は母親の声を無視して、直ぐに二階の自室へ戻りベッドに飛び込んだ。
ベッドのスプリングが跳ねる音が、部屋中に響いていた。
パタリと、何かが倒れた音がしたデスクの方を見ると、写真立てが倒れている。
晃は慌てて元の場所に直しに行くと、晃が朔の肩を組んで笑顔でピースをしていて、隣ではにかんだ顔をした朔が、二人とも浴衣姿でお揃いのピアスをして一緒に写っていた。
涙がポタポタと、写真立てのガラス部分に落ちていく。
「朔ごめん。俺、陽葵の事泣かした。」
ティッシュで涙を拭き取ると、鼻水をすすりながら晃は息を吐き出す。
「こんな顔してたら、朔に心配されるな。」
晃は写真立てを元の位置に戻すと、顔を洗いに洗面所へと向かった。
蛇口を捻り、パシャパシャと冷たい水で顔や頬、瞼をよく冷やしながら洗っていると、チリン───と鈴の音が聞こえた気がした晃は、顔を上げる。
頬を滑り降ちた水が顎を伝って滴り落ちて、床に数滴水が落ち、慌ててタオルで顔を吹いてから洗濯カゴに入れた。
お風呂場の足ふきマットで床を拭いて顔を上げても、洗面所に置いてある置き時計の秒針が進む音しか聞こえてこなかった。
不思議に思いながら自室に戻ると、閉めていた部屋の窓が空いていた。
ふと、ローテーブルの上に置いていた赤い飾り紐のついたピアスに目をやると、白い猫が弄ったのかピアスが床に落ちていた。
「心配しなくても、夜に届けるよ。」
晃がピアスを拾い上げてから窓を閉めると、空が薄暗くなっている事に気が付いた。
朔も、もしかしたら同じ空を見ているかもしれないと思いながら部屋のカーテンを閉じて、晃はリビングでテレビでも見ようと自室を出た。
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