九月九日 早朝

晃がハッと目を覚まし、スマホで時間を確認すると、まだ朝の四時半前だった。

寝転びながらスマホを枕元に放り投げるとボスッと音を立てて、二回程バウンドした。

右腕で両目を覆うように視界を塞ぐと、晃は自然と涙が出てきた。

大切で唯一無二のかけがえのない存在である朔を、二度も自分が深く傷付けてしまった。

鼻水をすすりながら悔しさと苦しみから、左腕でベッドを何度も強く叩く。

すると、部屋の外からノック音が聞こえてきて静かに自室の扉が開く音がした。

「晃、大丈夫…?お母さん心配で…。お水持ってきたから、お薬飲みなさいね。」

コトリと晃の自室の小さなテーブルの上に水の入ったコップを置いて、母親は部屋を出ていった。

晃はベッドの上からゆっくりと起き上がると、デスクの上に置いていたビニール袋の中身をガサガサと音を立てながら探し出して、薬を一粒取り出し口の中に放り込み、水で薬を一気に流し込む。

晃の喉がゴクリと鳴った。

コップをよく見ると、中学の修学旅行で体験した時に作ったマグカップだった。

朔の提案で出来上がったものを交換するという約束をし、絵付けして釉薬を塗り焼きあがった、世界に一つだけのマグカップ。

朔は筆記体の文字でシンプルに「A.Sakura」と書いてくれたのに対して、晃は「朔」と一文字どデカく書いただけだった。出来上がった物が自宅に届き、いざ交換する時が来て一斉にお互いが作ったマグカップを見せる。

「あはは!これ、晃らしくていいね。僕のマグカップだって、ひと目でわかるよ。」

「朔のはめちゃくちゃシンプルで格好良いな!うわ〜!これすごい好きだ。めっちゃ大切に使う!」

「…ありがとう。僕もこのマグカップ好きだよ。大切にする!…んふふ。」

「いつまで笑ってるんだよ…。そんなに笑うなら返してもらうぞ。」

ジト目で見ていた晃だったが、朔が喜んでくれるなら、何でもいいかと思う事にした。

「ああ、ごめん晃。嬉しくて、つい。ふふっ。」

朔が珍しくお腹を抱えて爆笑してくれた事と、お互いに大切にすると朔の家の前で誓ったのをマグカップを見て思い出した。

それを後ろで見ていた陽葵が、「お兄ちゃんばっかりずるい!」と泣き出したのもよく覚えている。

唇が震えて晃の両目からボタボタと大粒の涙が零れ落ちてきた。

膝を抱えて嗚咽を漏らしながら、涙を拭うこともせずに「朔、朔」と言いながら泣き続けていた。

カーテンの外が白み始めて、まだどこからか聞こえる蝉の鳴き声が、晃の寂しさで溢れかえった心を震わせた。

朔の事を思い出せば思い出す程苦しくて、それでも今すぐ朔に会いたくて仕方がなかった。

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