九月八日 昼
晃は病院の待合室で、自分の名前が呼び出されるのを待っていた。
やたらと眩しく見える窓の外に視線をやりながら、揺れる木々を一時間以上ぼーっと眺めていた。
ようやく呼び出された時には、夜に会った朔の事で頭がいっぱいになっていたのか、それとも待ち疲れて寝ていたのか。
直ぐには反応出来ず、晃を探しに来た担当医と一緒に診察室へと向かった。
「えー…佐倉さん。約一ヶ月ぶり位の診察ですけど、最近の調子はどうですか?」
「…まあ、変わらず友人の墓参りに一人で行ったりしてます。」
「…ああ…、以前話してくれた方の?」
「……はい。」
「そうだったんですね。でも、一人で外に出られる様になったのは一つ、いい傾向だと思います。」
「そうなん、ですか…。」
「ええ。」
重苦しくていつも息が詰まりそうになる静かな診察室の中は、何度来ても慣れない。
パソコンの電子カルテにカタカタと文字を打ち込みながら、時々ちらりとこちらの表情を伺うように視線を向けてくる担当医。
朔が亡くなってから約四年間、晃は精神科に通い続けている。
「じゃあ、処方箋出しますね。少々お待ちください。」
「…はい。」
「はい、ではこれで終了です。もし次の診察までに何かあったら、病院にご連絡ください。」
「はい。」
晃は椅子から立ち上がると、担当医に一礼して診察室から出た。
地元まで電車に乗って戻っている晃は、流れていく街並みを吊革に捕まりながら、遠くを見るように眺めていた。
いつもお世話になっている薬局に立ち寄り、薬剤師さんから薬を受け取る時に、声を掛けられる。
「佐倉さん、最近調子はどう?」
「あー…まあ、あんまり…。」
「良くない?」
「…はい。」
「まあね、暑い日が続いてるし、体調崩さないように水分取って、しっかり体を休めて。散歩が出来るなら、家の周りとか歩いたりしてね。」
「…はい。ありがとうございました。」
「はいはい、ありがとうございました。」
薬局から家まで歩く帰り道の途中で、朔の事で思い出した事があった。
「晃、今日地元の花火大会があるから行こうよ。」
「んあ?今日は俺ん家で、まったりのんびりする予定だったろ?」
「それはそうなんだけどさ…。」
茶色いL字型のソファーに座りながら苦笑いを浮かべる朔に畳み掛けるように、「ほら、テレビ中継してるぞ!」リビングにあるリモコンのスイッチを晃が押すと、女性アナウンサーと大物俳優が横並びで過去の花火の映像を振り返りながら、談笑している姿が画面に映し出される。
「家の方が涼しいし、テレビの方が花火見やすいだろ?」
「…そうだね。」
何を言っても動かないと諦めた顔をした朔の、寂しそうにテレビに視線を移した表情が忘れられない。
でも、何故今それを思い出したのだろう。
晃は道の端の方に寄ると木陰が出来ている辺りに立ち止まり、カバンに入れていた残りが半分を切っていたペットボトルの麦茶を一気に飲んだ。
時間がそれなりに経っているからか、麦茶はぬるくなっていた。
晃が溜息を吐くと、木の上から晃の肩にポトリと何かが落ちてきて地面に転がり落ちていった。
晃が恐る恐る下を見ると蝉だった。
晃は蝉をしばらく眺めていたが、地面に転がったままの蝉が動くことは無かった。
蝉が動き出すことは無いと安心した反面、命は突然終わりを告げるものだと、現実を突きつけられたような気持ちになった。
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