九月七日 深夜
晃がベッドの上でうつ伏せで寝転がりながら、スマホで何度も時間を確認する。
二十四時を二十分過ぎても何も起こらなかった。
枕に顔を沈め「あの白髪の爺さん、俺を騙したな。」と、右手でメリーゴーランドのチケットを握りしめる晃。
チリン────と鈴が鳴る音が聞こえた気がして、晃は眉間に皺を寄せて顔を上げると、白い猫が自室のデスクの上に突然現れて「にゃあ」と鳴き、驚いた晃はベッドから飛び起きる。
「うわっ!?えっ?…あれ、お前お寺の白い猫じゃん。」
鈴の着いた赤い飾り紐を身に付けている白い猫は晃を一瞥すると、扉も鍵も閉めていたはずの自室の窓の扉が何故か開いていた。
白い猫がそこから飛び降りようとするのを慌てて止めようとして、晃自身も窓から一緒に飛び降りてしまった。
怖くて目を瞑った晃がゆっくりと目を開けると、そこには眩く光り輝くメリーゴーランドの建物があった。
「俺…死んだのか?」
右手で頬を思い切り叩いたら、ビリビリと痺れるほど痛かった。どうやら現実らしい。
晃が目を細めると、メリーゴーランドの建物の柵に右手を置き、逆光の中に一人、誰かが立っているのが見えた。
白い猫は辺りに見あたらず、誰だか分からない中で不安にかられながら晃が恐る恐る近づいて行くと、見覚えのあるシルエットが立っている事に気が付いた。
不安と期待が高まる晃が、一歩一歩近付くにつれて徐々に大きくなるどこか懐かしい音楽と、木馬がゆっくりと上下するのを繰り返しながら周回するメリーゴーランド。
逆光の中にいた人物は学生服を着ていて、周回するメリーゴーランドを見ていた。
色白で細い腕と後ろ姿を見ただけで泣きそうになるのを何とか堪えて、晃は目の前の人物に声を掛ける。
「朔…?」
晃の呼び掛けに反応し、ゆっくりとこちらを振り返る。高校生の姿のままの朔が、目の前にいる。二人が目が合ったタイミングで回転を止めた木馬に朔が一人乗り込むと、喋る事なく晃に隣の木馬に乗るように人差し指で指示を出す。晃が慌てて木馬に乗り込むと、ゴウンと大きな音を立ててメリーゴーランドが回り始めた。
「朔…なんだよな?」
「…。」
「俺、また朔に会えるなんて夢見てるみたいだ。」
「…。」
「朔もそう思うだろ?」
晃の言葉に一切反応せず、木馬に乗りただ前を向いて風に吹かれている朔。
「なあ、朔。どうして何も言ってくれないんだよ。俺は会えてすごく嬉しかったのに。…朔は嬉しくないのか?」
最後の言葉尻は、泣きそうになって声が震えていたかもしれない。
朔は綺麗な形の唇に人差し指を置き、晃に向かってシィーッと声に出さずにポーズを取って見せた。一瞬だけ見えた朔の潤んだ瞳が確かに揺れていた。
晃は目を見開いてから目線を朔から外し、一度瞬きをすると、それに応えるように頷く。
そこからは一秒でも長く、朔の綺麗な横顔を瞳に焼き付けるように、周回するメリーゴーランドが止まるまで瞬きをしないようにして、しばらくの間、二人だけの世界を楽しんでいた。
また大きく音を立てながらメリーゴーランドが止まり、辺りに静寂が訪れると朔の姿がだんだんと薄れていく。
晃は慌ててその背中に向かって叫んだ。
「朔!また明日も絶対に会いに来るから、ここで待っててくれ!それと、陽葵が大事な物隠してごめんって謝ってたぞ!」
振り向いた朔は左の下瞼を引っ張り、あっかんべーをして見せた。
「…え?」
呆気に取られている晃の足元で、白い猫が「にゃあ」と鳴いた。
グニャリと視界が歪み、真っ暗な世界へと落ちていった。
九月七日の真夜中の出来事だった。
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