反復訓練

ボウガ

第1話

 ある男Aが、まんまるの顔をした天使に顔を覗き込まれている。あまりにファンシーな様子で、Aは自分の眼と、自らに訪れたはずの死を疑った。

「A、君は大企業の社長の息子だね、どうして死んでしまったの?」

「うーん、わかりません、思い出せないのです」

「“欠損”かもしれないね、大丈夫一時的なものだから、データの欠損はありえることだ、ショックからくる問題でこの型番なら……まあいい、なんとかやっとくよ、一日あげるから、それより、君は生まれかわるまで同じことを繰り返す必要があるね、それが父親の望みでもある」

「父親の?何を?」

「記憶は、明日には思い出すはずだ、とりあえず今は聞いておきたい事がひとつ、もし死ぬまで同じ状況を繰り返すとしたら、どんな状況がいい?」

「それは……人生最高の日ですかね?ずっと父さんの要求にこたえられずにいましたから」

「そう、わかったよ」

 翌日、男はあてがわれた部屋から出てきた。男の頭には、ここがビルの中らしいことも、自分にゆかりがあることも思い出された。そして、男は虚ろな顔をしていた。

「どうする?君がいやなら、再生する記憶を選べるよ、なんたって僕は天使、生まれ変わるまで君の記憶を世界に一時保存しておくやくわり、勘違いした人間たちがそれを“幽霊”だなんてよんだりするがね」

「いやいいよ、このままで、君はまるで……人形みたいだね、君は世の中の苦しみなんてひとつもしりやしないんだ」

「あ?……いや失敬、そうだね、僕は人形みたいな見た目をしている、人が死んだときに、その人がまったく恐れない姿で現れるのが、天使のやくめさ、じゃ、そういうことで、あの扉をすすんで」

 天使が指し示す方向に白い扉があり、男が扉をあけると景色は雲の上にかわり長い階段がつづいていた。男はまるで太陽を目指すように、その階段を昇って行った。

 

 真っ黒な施設のモニターに、Aが映っていて、施設職員B、Cが彼の選択肢をもとに“データ”を撒き戻す、機械的な脳がカプセルに入れられており、それがパソコン本体につなげられていた。

「では、読み取り、再現開始と」

 警戒なキーボード音が響くと、Cがささやく。

「顧客に“あ?……”はまずいんじゃないの?いまやメタバースに記憶データを再現するなんて、ライバルの多い商売だ、もはやサーバーの取り合いだ」

「それは反省してるって、上司に報告はやめてくれよ」


 モニターの中、Aは階段を上りきると、その先にデータで作られた都市があった。何かに導かれるようにAがあるビルへ向かった。それは苦しい思い出の場所。ある会社のあるオフィスビル。そのオフィスビルの一室でIT会社を立ち上げ、彼の手腕は評価され一時は上場までいった。しかし、関連企業との問題が多発し、運悪く巻き込まれた形で事業が失敗、巻き返しを図ろうとするときに、従業員の詐欺が発覚、たたまざるを得なくなった。彼は自分を呪った、思えば家でも大学でも失敗ばかり、人に気に入られる能力はあるし、頭だってわるくない。ただ彼は詰めが甘く、さえないドジをしたり、そもそも、悪い人間に騙される確率が多かった。学生時代だって、詐欺師に騙されたが、それが知られることを恥じた父親は、警察沙汰にせず、彼をこっぴどく批判した。

「ああ、父さん、私は敗者です、敗者は死すべしです」

 ビルの屋上にあがり、体で風邪を全身で感じる、両手を広げると、すべての重荷から解放されたようだ。

「ああ、そうだ、僕はこうやって死んだのか」

 飛び降りる。その時の走馬灯が彼の人生で唯一達成感を感じた瞬間だった。あらゆる不運に見舞われたが、努力だけは、本物だったのだから。


 黒服の職員B、Cは、何とも言えずに見つめあう。

「まあ、データ化されるだけ、希望でもあるのかね」

「人の価値が金で決まる世界だからさ、それを見込んで、残酷な教育をしたのだろうよ、“人生でもっとも幸福な同じ場面を経験させて安らかに眠らせろ”とさ、きっとあの親は、データと面会もしやしないだろうね」

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反復訓練 ボウガ @yumieimaru

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