立冬③

「は?」


俺が伝えた瞬間、彼女の表情は消え、冷え切った目で俺を見てきた


「あんた、仕事の話って、私を口説くことだったの?」


俺の言葉足らずもあるのだが、ひどい勘違いをされたものだ


「ばっかお前、誰が口説くか」

「じゃあ、なんなのよ」

「Vtuberのママにならないかって話だよ」

「Vtuber?」


そう、さっき家を出る前に確認した案件の中に、今度デビューするVtuberの絵描きにならないかという案件があったのだ


イラストレーター「はづき」はこれまで、ラノベの挿絵やアニメのポスカなどの依頼を中心に受けていたが、こういった案件は受けたことが無かった


「なんで、私がママにならなきゃいけないのよ」

「まぁまぁ落ち着け。ちゃんと理由物ある」


「まず、Vtuberのママって意外と知名度を上げるのに最適なんだよ。そのVtuberを推す人が生まれれば、Vについて知っていく過程で絵描きの情報も手に入れるからな」

「ふぅーん」

「で、絵描きの情報を手に入れると、そこから絵描きの作品を調べる人も一定数いる」

「それで、知名度が生まれるって話?」

「そういうこと。それに、知名度が上がれば、その知名度にあやかる案件も増えるし、Vが活動している間は、新衣装とか記念衣装で定期的に仕事が入るし、俺達みたいな界隈では信頼の証にもなりえるんだよ」

「でもそれは、知名度のある企業の絵描きになった場合でしょ」


と葉月が指摘してきたことで、俺はニヤリと笑ってしまう

ちなみに、葉月には気持ち悪そうに見られた


「それで、今回依頼してきた企業ってのが、その知名度のある企業なんだよ」


今Vtuberの界隈では、総勢100名以上の大勢の配信者が所属している企業や、圧倒的なアイドル売りをしている企業、ゲーム配信を中心としている企業、下ネタ系統のネタを多く動画内に入れている企業がある


そんな中から、今回依頼をもらったのが、ゲーム配信を中心としている企業だ

ここの企業の特徴としては、色んな性格が尖った配信者が多数いて、それぞれが卓越したゲームセンスを持っていることで、ゲーマーを中心に人気がある


「うーん。どうしようかしら」

「ん?何に悩んでいるんだ?」


正直な話、これからもイラストレーターとして活動していくならやったほうが楽だと思うんだが


「いやね、Vtuberってことは人でしょ?キャラの要望はあるとしても、細かいところは私が決めるわけだし、そうなると、その人の内面を知らないと書きづらいなって思って」

「あ~。けどお前コミュ障だもんな」

「そうなのよ。だから、知りたくても知れないし、そんな状態でいい作品をかけると思わないのよね」


確かに、これは重要な問題だな


「う~ん。少し考えてもいいかしら?」

「ああ、一応向こうには待ってくれるように言ってみるよ。向こうがどれくらい待ってくれるか返信があったらそっちにも転送するわ」

「了解。それじゃ、私は食べ終わったし作業に戻るわね」

「はいよー」


結構重要な話をしていたはずだが、それでも一切箸の速度を変えずに食べ続けていたので、もう食べ終わったらしい

ちなみに、俺はまだ半分しか食べていない


残り半分を食べ終え、食器類の片づけをしながら、今後の活動について考える

もし、彼女がさっきの案件を断った時のサブを考えておかないといけないからだ


彼女は売れっ子イラストレーターではあるものの、案件が全くなくなるという期間が出来てしまうと、彼女にとってもあまり良くない状況になりかねないので、基本的に常に案件はあるようにしている


といっても、ずっと仕事漬けだと彼女の世界観が固まってしまうし、なによりも、潰れかねないので、一度に受ける案件は基本的に1つだし、その期間もなるべく短すぎないものを選んで、休める時間を作るようにはしているが


「さて、あらかた片付いたし、邪魔するわけにもいかないから退散するか」


というよりも、ひとたび彼女が集中してしまえば、俺がやることが無くなってしまうのだ


基本的に俺が、この家に来る理由は彼女のモチベーションを維持、もしくは向上させるためだ


今回で言うと、作品を作るのに悩んでいるのに、締め切りを短くした鬼(俺)のせいでやる気が無くなるのを阻止するために好物を作りに来たし、それでもダメだったら適当にホラを吹いてやる気にさせるつもりだったのだが、俺が来た時には集中できていたので少しのご褒美を上げるだけになってしまった 

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