第11章 発症
第41話 発症(A1パート)ゆがむ視界
授業が終わり、
彼女自身も数少ない級友から借りた出席していなかったぶんのノートを書き写している。
「本当なら補習を受けることになるんだけど、コンくんは安静を指示されているから、授業ノートを提出して確認できたら、後日補習で伝わっていなかったところを教えられるらしいわ」
「ということは、夏休みも返上になりそうだなあ」
「どこか遊びに行きたかったの」
「いや、仕事が詰まっているから遊んでいる余裕はないかな」
「そういえば、あくまでも撮影を先延ばしにしているだけで、スタント自体がなくなったわけじゃなかったわね」
「そういうこと」
「スタントがなんだって、秋川」
秋川さんが最後列になったため、悠一と同じくひとつずつ席が前に移動した河合が聞いてきた。
「ひらりちゃんの映画の撮影に付いていって、本物のスタントマンに会ったなあって思い出しただけだよ」
「お前、撮影所に押しかけたのかよ。見かけよりもやるじゃん。で、他にどんな有名人がいたんだ。教えろよお」
「俺、芸能人に詳しくなくて。それでひらりちゃんから撮影所の見学に行きましょう、ってことになったんだけど」
「本当かよ。俺も今度ともちゃんに会ったら芸能人に詳しくないって言って、連れてってもらおうかな」
河合は歯をにっかと見せて笑顔を浮かべている。
「別に芸能人に詳しくないから誘ったわけじゃないんだけど。コンくんは暴行事件の被害者だから、原因になったひらりが気をきかせただけよ」
「秋川はいいよな。幼馴染みが芸能人だからたくさんの芸能人に会ってきたんだろう。お前、今まで食事とか買い物とか誘われなかったのかよ」
「あいにくと、私が撮影所に行くのはひらりの護衛としてだから。他の芸能人と仲良くなって友達付き合いして本分を忘れたら困るでしょう」
「どうせ後藤も一緒なんだろう。それならともちゃんは後藤に任せればいいじゃん。言い寄ってきた芸能人とかスタッフとかいなかったのか」
「タレントにならないか、とかは誘われたことがあるけど。言い寄ってくるような人ってあまりいなかったわね」
「あまりってことは、何人かはいたってことだよな」
こういうところ、河合は聞き逃さないな。
「名前くらい教えろって」
「その人の名誉にもかかわるから言わないわよ」
「けちくさいなあ。じゃあタレントにならないかってスカウトしてきたのは誰だ、どこの事務所だ」
「ひらりの事務所と、映画会社直属の事務所、あとはスタントの会社ね」
「え、秋川さんってスタントからスカウトされていたんだ」
「まあね。でもスタントって報酬はいいけど怪我だらけになりそうだからパスしたわ。私、痛い思いをするのは嫌だから」
「だから初めてのときは優しくしてね、ってか。コン、秋川をよろしく頼むぞ」
「いやいや、俺のほうが頼っているくらいだよ。欠席した授業のノートを貸してくれたり借りてきてくれたりして」
「ああ、だから秋川、俺のところにもノートを借りに来たわけか。ノートを開いてひと目見たら返されたけど」
「字が汚いと読み解くだけで頭を使うじゃない。コンくんは本来なら安静にしていないといけないから、字の綺麗なノートを探していたのよ。おかげでいいノートを借りられたんだけどね」
「あ、そうか。
「そういうこと。そのぶんの補習の予定もそろそろプリントで来る頃だけど」
「俺の補習、できれば少なく、短くしてほしいなあ」
「体調に不安がある状態なら、多少は配慮してもらえるとは思うわよ」
「授業ノートを頭に叩き込んでおいて、補習のときに備えておきますか」
「それ、頭を使っているわよね。今は記憶するのもやめておいたほうがいいって先生も言っていたじゃない」
「生徒の本分は勉強だからなあ。だから今回の怪我は一大事なわけだけど」
すでに針は抜かれているが、まだ傷口が化膿しないための薬を塗ってガーゼをかぶせ、ネット状の包帯も着けている。もちろん怪我を治すためなのだが、周りの人が悠一を監視するためでもあった。
放っておけば武術の型を練習してしまいそうになる。周囲の目があればそれを抑止できるだろうという医師の判断だ。
「まあいいわ。どうせ私も補習を受けることになるし、後藤くんが謹慎明けすれば彼も補習ってことになるでしょうからね」
「後藤のやつ、今頃必死に教科書を読み込んでいるのかな。とてもガラじゃないが」
「でも、成績はいいほうよ。試験の点数はいつもトップテンに入っているじゃない」
「それだよなあ。あんないかつい奴が学業もできるなんて、不平等だよ」
「河合くんも武術をやってみたらどうかしら。体を動かすと記憶力も高まるわよ」
「そういえば秋川はトップスリーの成績だったな。ということは、やっぱり武術は記憶力に効くのか」
武術をやっているから記憶力がよくなる、というものでもないだろう。
だが、悠一も前の学校では成績がよかったから、なにか関連があるのかもしれないな。
そんな考えを巡らせていると、視界がぐにゃりと歪んで気持ち悪さを感じた。
左肘を机に突いて下を向きながら左手でこめかみを押さえる。
(第11章A2パートへ続きます)
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