第39話 萌芽(B1パート)謹慎期間

 登校初日は待ち合わせということで愛用のオートバイを使えず歩いて通ったのだが、その当日に暴行事件が発生し、以来養護教諭の垂水先生の車で送り迎えしてもらっている。

 いつ愛用のオートバイにまたがって通学できるようになるのだろうか。


 そして、絶対安静を言い渡されてから、秋川さんとひらりちゃんも見張るようになっていた。俺ってそんなに信用がないのか。

 確かに拳法の型を流してやっていた時期もあるから、これだけの監視がつくことになったのだが。


「コン先輩、おはようございます。お加減はいかがですか」

「ひらりちゃんおはよう。まだ少し揺れているような感覚はあるけど、昨日よりはましだから、きちんと安静にしていればすぐに治るよ」


「それなら通学せずに自宅で横になっていればいいのに。病室で完全看護の絶対安静にすればもっと早く回復しそうよね」

「それは言えているな、秋川さん。ただ、入院してしまうと後藤の印象がさらに悪くなるからな。運動しなければ確実に回復していくところを学校の先生に示さないと、いつまで経っても後藤の謹慎は解けないだろう」


「呆れたものね、コンくん。あなたは被害者なんだから、警察に訴え出て事件化もできるのに」

「そんなことをしたら、なぜ後藤は暴行したのか。その理由が明らかになるよね。そうなるとどうしてもひらりちゃんの名前が出てくる。裁判沙汰になったらひらりちゃんが法廷に呼ばれないとも限らない。現役アイドルにそんなスキャンダルを起こさせるわけにはいかないだろう」

「それもそうなんだろうけど。本当にいいのかしら、今のままで」


「ここで話をしていても時間の無駄だから、早く登校してしまおうか」

 ゆういちがそう言うと、秋川さんとひらりちゃんはマネージャーのワゴン車に乗り込んだ。それを見て悠一も垂水たるみ先生の自動車で学園へ向けて発進した。


 垂水先生の車には俺と先生しかいない。

「それにしても本当にいいの。体はあなたの資本であり、武器でもあるわけよね。それが短期間であっても仕事ができないで収入も減少する。傷害事件として立件してもいいし、損害賠償請求してもいい。後藤くん個人を相手にしても、ひるさわさんの事務所が仲裁に入って賠償金の肩代わりくらいしてくれるでしょう」


「そうなると、後藤はひらりちゃんの事務所に大きな借りを作ってしまいますよね。将来の職業選択を狭めることを使そうするのは、学園としては正しいあり方なのですか」


「そう言われると悩ましいわね。被害者の権利を最大限尊重させるのも学園側の意志だけど、加害者の権利を蹂躙していいわけでもない。落としどころが難しい事件なのは確かね」


 おそらくだが、後藤への損害賠償請求をしてもひらりちゃんの事務所が肩代わりするのは間違いない。しかし、その資金の出元はひらりちゃんの芸能活動で得た給与の何割か、ということになる可能性が高いと見る。

 そうなると、ひらりちゃんが卒業して専属契約となった際、彼女に不利な契約となるかもしれない。


「とりあえずですが、後藤を早々に復学させる条件として、俺の体調が悪化したときの賠償責任を負わせることにしてください。後遺症がいつどの範囲で起こるかわかりませんから、俺の完治まで待たせたら下手をすると年単位での停学になってしまいかねません。ひとりの生徒の将来にかかわる決断ですから、学園側も柔軟に対応していただければと」


「そうね。後遺症が不安だから完治するまで待っていたら、コンくんが卒業してから復学なんてこともありうるわね。起こした事件に見合った罰は必要だけど、被害規模が判然としないのうしんとうだから、どこまで先を織り込むか。学園側としても配慮が要りそうね」


「ですから、停学と謹慎は当初の予定どおり一週間で切り上げて、あとは勉学を通して俺の経過観察を続けて適宜対処するのが最善の策ですね」

 垂水先生がハンドルを右手人差し指でコツコツと叩いている。考えごとだろうか。


「どうやらそれがいちばん丸く収まる解決策になりそうね。わかりました。じきに学園に着きますから車を停めたら私が教頭先生と校長先生に進言してみます。必要とあればコンくんも呼び出しますから、その際はよろしく頼むわね」

「了解です」

 自動車はただのり学園の裏門から教員用の駐車場へと入っていった。



 駐車場には校舎二階へ上がる階段もあるが、そこに靴を置いているのは教員だけだ。

 そこで、まず一階の裏口から入ってスニーカーを脱ぎ、下駄箱まで向かって上履きと交換する。そうして垂水先生から受け取ったエレベーターの鍵を取り出して、とある教室へと入った。

 中には教員用の備品が整然と収められているようで、これなら車椅子やストレッチャーも通れるだろう。


 エレベーターの籠に入って、鍵を差し込んで二階のボタンを押した。扉が閉まるとゆっくり上昇を始めた。思いのほか揺れないので、急病人や障害者への配慮が感じられる作りだ。


 二階に着いて扉が開くと眼の前に職員室が見えた。

 なるほど、エレベーターを使うに足る生徒や教員などを見分けるために、わざわざ職員室の真ん前に出るように設計されているわけか。

 鍵を抜いて廊下へ出ると、エレベータの扉が閉じた。振り返ってもそこにはコンクリートの壁があるだけで、うまくカモフラージュされているなと感心した。

 その足で職員室へと入っていく。


「あ、コンくん来たわね。さっそくだけど後藤くんの処分について、あなたの意見を聞かせてほしいんだけど」

 後藤を当初の想定通り傷害事件発生から一週間で復学を認めるか、という話をしているようだ。

 見慣れない顔の老女がいることから、この人が校長先生なのだろう。


「俺の怪我は絶対安静と言われています。完全に治すには一週間では足りません。しかし俺の回復次第で後藤くんの謹慎処分の解除が決まるのであれば、すぐにでも復学させるべきです。彼も高校二年生であり、すぐに受験モードに入ることになります。ちなみに後藤くんは国公立進学希望ですか、忠度大学へ進学希望ですか、芸能界や職人といった個人事業主希望ですか」

「彼は2年C組で、忠度大学への進学希望ね。だからある程度経歴に傷があっても学力さえ基準を超えれば確実に受かる授業をしています」


「であれば、今の時期の一週間は貴重です。この一週間を取り戻すためには相当な努力が求められるでしょう。一週間でも大変なのに、一か月、三か月なんて伸びてしまったら、彼は取り返しのつかない人生の負け組になりかねません」

「しかし、後藤はそうなることを考えもせず、感情に身を委ねて暴挙に出た。一番の被害者であるコンが後藤の今後を考える必要はない。コンが快癒するまで、後藤の謹慎は解くべじゃないだろう」

 体育教師が原則論を述べている。改めて言われると疑う余地もない意見だ。


「被害者であるから、加害者に度量を示さなければなりません。もしもう一度同じことをしたら退学させる。そう言い含めたうえで、再度傷害事件を起こしたら退学させればいいのです。でも後藤もそこまで馬鹿ではないでしょう。進学しようと勉強しているんですから」

「それではひつじさるくんの案を採用しましょう。後藤くんの謹慎は今週いっぱいまで。来週月曜から復学させます。ただし、後藤くんの謝罪と、再び問題を起こせば退学にすること、坤くんの体調が悪化したら彼が復学できるまでは新たな謹慎を命じること。これを飲ませましょう」


 どうやら悠一の思惑どおりの決定が導き出せたようだ。





(第10章B2パートへ続きます)

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