第36話 結果(B2パート)隠されたエレベーター

 あきかわさんと河合かわいと三人で語り合っている。


「そういや、うちの学校って芸能人が多く通っているけど、お笑い芸人っていなかったよな。なにかわけでもあるのか」

「お笑い芸人だと下積み期間だからじゃないかな。デビューが早い人でも大学生くらいからでしょう。うちのクラスにもお笑い芸人の下積みをやっている生徒っていないはずよ」


「ああ、たしかそのはず。というより、現役の芸能人がB組に集められるから、下積みだとしたら他のクラスの可能性が高いな。でも他のクラスにもお笑い芸人目指しているやつなんていなかったような」

「学園の方針、とか」

「それはないわね。モデルやグラビアアイドルもいるくらいだから。お笑い芸人を断る理由がないわ」


 お笑い芸人だと上下関係が厳しいから、目指していたとしても口外しないとは思うんだけど。

 上下関係は俳優も厳しいが、実力第一の職業だからか、名優は何歳になっても腰が低いし人当たりがよい。偉そうにふんぞり返る俳優はまず見なくなった。

 今のドラマや映画でもスタントインするときには名優がお菓子や弁当を配ったりするくらいだ。


 すると校内放送のチャイムが鳴った。

〔2年B組のひつじさる悠一くん、秋川さん、職員室までお越しください〕


 そういえば、登校再開に際して先生たちへあいさつと報告するのを失念していた。

「おっ、さっそくご両人が呼び出されたか。まさかとは思うがお前たち付き合っているんじゃないだろうな」

「数日前に初対面して、今付き合っていたら、それはそれで怖いだろう。さすがに」

「まあな。コンが無類の女好きだったってことだからな。まさか秋川から言い寄るとも思えんし」


 実際にマンションの公園で秋川さんから話しかけられたのだが、そこを深堀りしても邪推を呼ぶだけだ。


「あくまでも被害者と、加害者の関係者でしかないからな」

「わかってるって。秋川も後藤のせいで大変な役回りを任されることになったな」


「コンくんの怪我は、後藤くんを厳しく制止できなかった私の責任でもあるからね」

 それより、一時限目が始まる前に職員室に顔を出したほうがよいだろう。秋川さんを促してゆっくりした歩調で向かった。



 秋川さんと一緒にゆっくりと職員室へ向かった。絶対安静が求められている以上、速歩きも厳禁だ。秋川さんが前を歩いてペースメーカーを務めてくれている。

 職員室の扉は開いており、ふたりは一礼してから入室した。


「秋川さん、案内ご苦労さまです」

「いえ、ただの監視役ですから」

 冷静に考えれば、加害者の関係者が被害者を監視するというのは筋が違わないのだろうか。さらなる加害を助長しかねないと思うのだが。

 それともそれだけ秋川さんは学園から信頼されているということなのだろうか。


「コンくん、まずは診断書を見せてください」

 秋川さんはカバンを開いて封筒を取り出して、養護教諭の垂水たるみ先生に手渡した。

「コンくんが今日来られなかったときのために、私が預かってまいりました」


 垂水先生は診断書を注意深く確認する。

「基本的には絶対安静を求められているから、家との行き帰りは私の車で送迎しましょう。今日はひるさわさんのマネージャーさんに任せてしまいましたが。学園内ではどうしても階段の上り下りは必要になりますし、車椅子を用意します。いいですね、コンくん」

「車椅子は大げさじゃないですか。せいぜい松葉杖とか」


「コンくん、自分で言っていて無理だとわかりますよね。松葉杖ではバランスなんてとれないでしょう」

「じゃあ歩くで妥協できませんか。階段の上り下りも車椅子ではできませんから」

「職員室の向かいにエレベーターがあります。それを使えば事足ります」


「えっ、ここってエレベーターあったんですか。生徒たちが我先にと殺到しそうなものですが」

 どうやら秋川さんも知らなかったらしい。


「特別に許可された人にだけ、エレベーターの鍵を貸し出しています。ですのでただの生徒は使えません。障害者や大怪我を負った生徒のための設備です。そして今のあなたの状態ならエレベーターを使う権利があります」

「うーん。でも歩かないと筋肉が落ちていきますから」


「そもそも絶対安静なのだから歩きまわること自体推奨されません」

 そうなんだよなあ。本来なら一歩も動かずベッドで横になっているのが「絶対安静」だ。

 動きまわらないよう鎮静剤を点滴で入れて病室で時が過ぎるのを待つだけ。

 それでも登校を認めてくれたのは、学園側としてかなり微妙な判断が入っていよう。


「それで、加害者の後藤の処分はどうなりますか」

「後藤くんには一週間の停学と謹慎処分を科しています。コンくんがよければ今週末には復学できるはずよ」


「いきなり暴力沙汰に出られた怨みはありますが、後藤も任務を全うしたかっただけかもしれません。問題がなければ謹慎の最終日に彼と話をさせてもらえませんか。どういう意志でああいうことをしたのか。知れば少しは許せるかもしれません。もちろん怨みが募るおそれもありますが」


「コンくんが彼の復帰時期を決めてかまわないわ。被害者なんだから。もし重度の後遺症でコンくんが苦しめられることになった場合は退学になるようなことをしでかしたのは確か。だからもし後藤くんのことを思うのなら、病院で一週間絶対安静にしてもらいたかったんだけど」


 そういう判断になるよな。だが、運動しないにしても、歩いているだけで筋肉は使うから、ベッドでじっとしているよりも筋肉は衰えないはずだ。それがスタント復帰の時期を左右する。


「それではお願いします。その代わりと言ってはなんですが、今日の放課後に職場へ連れて行ってください。後藤と会うときに師匠にも立ち会ってもらいたいので」

「それは損害賠償を考えている、と言うことかしら」

 垂水先生が釘を差すように口を開く。


「師匠の立場からすると当然そうなるでしょうが、僕のスタント復帰時期をすり合わせて監督たちに伝えてほしいんです。可能なかぎり遅らせるよう交渉してもらおうかと」





(第10章A1パートへ続きます)

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