第9章 結果

第33話 結果(A1パート)挫傷痕

 精密検査をひととおり終えて待合室に戻った。

「コンくん、どうだった」


「まだ検査しただけで結果を聞いたわけじゃないんだけどな。でも本当に秋川さんとひらりちゃんは帰らなくてだいじょうぶなのか。学校へは診断書を提出すれば済む話だろうに」


 このふたりが付いてくるとは思っていなかった。師匠だけならいくらでも口裏を合わせることもできたろう。

 おそらくそうさせないために師匠がわざわざ連れてきたはずだ。本質的には不正が嫌いな人だからな。


「そうじゃ、コン。頭の針はどうなった」

「MRI検査の前に抜いてもらいました。かさぶたも出来ていたそうだし、金属は磁気に反応して発熱しちゃいますからね。今は薬を塗ってからガーゼを当てられています」


「じゃあ患部が若干腫れぼったいくらいで、頭の痛みなんかはないんじゃな」

「それほどありませんね。当日の検査でも骨折やヒビや陥没はしていなかったとのことですし、頭蓋骨内の出血もなかったはずです。おそらくこの後頭部の腫れが引けば万事解決でしょうね」

 師匠が無言でにらみつけてくるが、素知らぬ顔をした。


「詳しくは検査結果を聞いてからじゃ。脳が腫れていないとも限らん。その場合は入院してでも完璧に治せ」

「わかりました、師匠。診断の結果に従います」


 ここで迷っても仕方がない。師匠はそういう割り切りができる人だし、極端なまでに体調管理を徹底する人だ。些細な怪我でもスタントに響くことがあると教え込まれたし、失敗事例もたくさん聞かされてきた。

 どこかでスタント事故が起これば、それを分析して俺にフィードバックしてくれもする。

 親父の事故があったから、俺には絶対に無茶はさせない。それで稀少なスタントマンが廃業することのほうが怖いからだ。


 アクション業界はまだスタントマンに頼る部分が大きい。いくらCGが進化しても、作り物のVFXより、体当たりのスタントのほうがリアリティは高い。

 いずれ逆転しないとも限らないが、今はまだスタントマンの演技のほうが上だ。だから、リアリティを追求する映画やドラマにはスタントが欠かせない。

 そして危険なシーンを撮影するだけでなく、殺陣での見栄えも実際に人が演じなければ不自然な映像になってしまう。だから、スタントマンは皆格闘技を複数習得している。

 特殊撮影で代替できないだけに、スタントを続けるには必須のスキルとなるのだ。


 しばし無音が続くと、診察室からスピーカーで声がかかる。

ひつじさるさん、坤悠一さん、診察室へどうぞ〕



 待合室から診察室へ入る。

「どうぞお座りください」

 勧めに従って椅子に座ると、師匠も秋川さんもひらりちゃんもそのマネージャーさんも俺に続いて入室して後ろから見下ろしてくる。

 ずいぶんと居心地が悪い。妙な圧力を感じてしまうな。


「こちらの方々は」

「はい、私の上司と先生と学友たちです。診察結果を職場と学校に伝えてもらうために来ていただきました」

「そうですか。それでは人数分の椅子を持ってこさせましょうか」


「いえ、そう長居するつもりもありませんので。検査結果の診断書を頂ければ、それぞれに提出してくれる予定です」

「ではお付きの方々はそちらのベッドに腰掛けてください」

 そういうと、医師はコンピュータを操って画像をさまざまな角度から検証する。


「まずレントゲンだけど、骨折やヒビ、陥没なんかは見られないね。裂傷がひどかったから、骨にも影響が出ているかと思っていたんだけどね。かなりの石頭ということなのかな」

 骨に異常はなし。身体を鍛えていたおかげだろうか。


「検査のときに服を着替えてもらったよね。そのときあざが無数にあったように見えたけど、君は体操選手かなにかかい」

 やはり体操選手扱いになるか。それ以外でこれだけあざがあったら、虐待やいじめを疑われるほどだしな。


「いえ、スタントマンをしています」

「その年齢でかい。ずいぶんと若いスタントマンだね」


「中高生のスタントがよくまわってきます」

「だろうね。僕の友人にもスタントマンがいて、コンってやつが凄いんだって聞いたことがあるな。君はコンという人のことを知っているかい」

「あの、それってコン先輩のことですよね」

 ひらりちゃんが短い問いを発した。


「コン先輩っていうことは、坤くんの先輩なのかな」

「いえ、おそらく僕のことでしょう。業界でコンと呼ばれているのは僕だけですし。〝ひつじさる〟って呼びづらいから〝コン〟なんです」

「へえ、君が噂の凄腕スタントマンか。でもあれだけのあざは一朝一夕にはできないよね」


「日々のトレーニングと本番で失敗したときにあざを作るんですよ。実際映像になっているのは成功したものだけですから、そんな苦労なんて気にしている人は少ないんでしょうけどね」


 次にCT画像が表示される。

「次のCTは輪切りレントゲンのことだと思ってもらっていいんだけど、出血や組織の異変をチェックするものだ。後頭部にひじょうに小さなのうしょうの跡があるようにも見える。これは見る人と場合によるかな。だが、今の段階で後遺症は判断できない。搬送時に撮った画像と比べても腫れは引いてきているように見えるからね」


「ということは、コンくんは快方に向かっている、と判断してよいのでしょうか」

「その判断も今はできない。まだ搬送から時間があまり経っていないからね。出血が止まっていて、腫れが引いているのなら手術の心配はないよ」


 医師はさらにパソコンを操って3D画像を表示させた。

「これがMRIだ。血流や組織などを見るのに利用するんだけど、これでさっきの挫傷跡を確認すると、出血は止まっているようだね。となるとあとはどのくらいで腫れが引くかどうか。できれば最低一週間は安静にして経過観察をしたいところなんだけど、学校とスタントの両方を休めるかい」


 絶対安静を言い渡されるのだけは避けたかったのだが。そうも言っていられない状態のようだ。





(第9章A2パートへ続きます)

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