第32話 検査(B2パート)スタントと運命論

 松田先生の厳しい指摘には言葉を選んだ。

「後藤くんが短慮だったことは否定しません。コンくんがひらりと仲良く話しているのを目の当たりにしてしまったんです。自分以外の男子がひらりと親しげに話しているのに我慢がならなかったんだと思います」


「それこそ精神的な未熟を表しておる。相手がどんな関係の者なのか。きちんと調べてから行動を起こさないと、取り返しのつかない事態につながりかねん。もしかしたらにらさわさんが所属する芸能事務所の社長の息子だった、なんてこともありうるわけじゃ。そのときもし韮沢さんが原因だとわかったら。後藤くんとやらは当然退職させられるじゃろうが、韮沢さんにも損害賠償を請求してくる可能性だってあったわけじゃ」


「明日にでも後藤くんに電話して言い聞かせておきます」

 ひらりにはわかりづらい話だったようだ。

「コン先輩が精密検査で悪い結果が出たら、後藤さんはボディーガードから外れるということでしょうか。今も真夏美さんに負担を押し付けてしまっていますが」


「ひらりも後藤くんには慣れているから、交代となったらかなりの間不便をきたしそうよね。でも、後藤くんは自分のしでかしたことに責任を持つべきよ」

「さすがにコン先輩がボディーガードにはならないですよね」


「ははは、コンがボディーガードをこなせるだけ体調が戻っているのなら、後藤くんとやらの謹慎も解けているじゃろうて」

「ああ、そういえばそうですね。じゃあ最悪の場合、私は護衛の後藤さんを失って、芸能界は稀少で重要な十代のスタントマンを失うことになるのですね」


「そういうことじゃ。というか、今の状態だとそうなる可能性が高いな」

「私、まだコン先輩とデートしたことないのに。あ、スタントを辞めたら時間は作れるわけか。でもスタントに挑むときの緊張した表情も魅力的なんですよね」


「韮沢さんはコンのことが好きなのかな。お付き合いしたいとか」

「ええ、コン先輩のことは好きですよ。学校でもお昼ご飯を一緒する仲ですし」

「って、まだ一回しかやっていないじゃない」

「あ、そうでした」

 あはは、とひらりは笑っている。その声が緊張感の高まる控室の空気を和ませた。


「秋川さんはコンのことをどう思っているのかな。韮沢さんの手前、言いづらいとは思うが」

 当たり障りのない、つまり面白みのない返答がご希望だろう。

「コンくんと公園で初めて会ったとき、すごい人だなと思いました。そしてスタントで階段を転げ落ちるシーンを見て、改めてすごい人だなと。後日拳法の型を流しているところに居合わせて、単に度胸がいいわけじゃなく、自分が強いから余裕が生まれるんだろうと。ちょっと羨ましくなりました」


「真夏美さん、コン先輩が羨ましかったんですか」

「ええ、私はただ強いだけ。でもコンくんは他人にやさしくできるだけの余裕があったから。私が学校でもにこやかに振る舞えたらいいのかもしれないけど。ひらりのボディーガードとしてはスキを見せるわけにもいかないし」

 松田先生はなにかに気づいたようだが、それを言葉にはしなかった。


「さて、そろそろ精密検査も終わるじゃろう。コンが出てきたら、しっかり話すんじゃよ」

「コン先輩のことを好きだってことですか」

「いやいや、それは言わんでいい。ただ、いつ頃から復帰できたらいいね、くらいの会話は欲しいところだな」


「あ、それなら、私が授業ノートを書いて、コンくんに届けることにします。早ければ今週中、そこを過ぎれば一か月くらいですから、私の負担にもなりませんし」

「それがよかろう。コンも仕事をしているとはいえ高校生じゃからな。学業をおろそかにしてはいかん。きちんと三年で卒業できれば御の字じゃ」


「大学へは進ませないんですか」

「すでに職業を持っていて給料も稼いでおるからな。あえて大学へ通う必要はない。父親の転勤もあるしな。ただ、二十歳を超えればスタントマンの数も増えるから、コン頼みの状況は若干改善されるじゃろう。そうなれば進学してもかまわなかろうが、どのジャンルで学士号をとるかは考えておくべきじゃ。スタントマンの仕事に生かせないのであれば、あえて大学を選ばなくてもよいからな」


「言われてみると、スタントに活かせそうな学部ってまずなさそうですよね。サークル活動でスタントをやるわけにもいかないですし。職場じゃないから怪我をしても労災は下りないって聞きました」


「そのとおりじゃ。じゃから、本来なら高校に通う必要もないんじゃが、本人は最低でも高校は卒業しておきたいって言い張っていたからな。それがなければ、リュウの転勤でほしづき市へ来ることもなかった。自分でアパートでも借りて、仕事に専念すればよかったんじゃから」


「ということは、私とひらりがコンくんと出会えたのって、かなりの奇跡が重なっているんじゃありませんか」

「運命論はあまり好きではないんじゃがな。運命論は努力を蔑ろにするから。どんなに練習をしても死ぬ運命のスタントだった、なんてことになったら、誰がスタントしようと思うのか、という話じゃ」


 確かに運命論者ではスタントなどとてもできないだろう。

 努力して危険を取り払い、成功する確率を極限まで高める手立てを講じる。そうすれば成功の確率はぐんと高まる。

 あとは思い描いた演技プランに沿ってスタントを披露するだけだ。


「ともかく、今日の結果がどうあれ、もしコンに吐き気やめまいの症状、視力の悪化などがひとつでも見られたら、わしにすぐ連絡してほしい。これがわしの連絡先じゃ」


 松田先生は懐から名刺入れを取り出して、真夏美とひらりに手渡した。そのうえでさらに一枚出している。

「これは学校の保健室の先生に渡しておくと助かるんじゃが。君たちが即応できないとき、学校内なら保健室の先生が対処することになるじゃろうからね」


 わかりましたとひと言告げて、垂水先生宛の名刺を受け取った。





(第9章A1パートへ続きます)

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