第28話 波乱(B2パート)真夏美対雷槌
「双方、思い残すことのないように。どんな結果が出ても、それに従うこと。勝負は有効打が入った時点で終わらせるからそのつもりで」
それに
「いくら生意気とはいえ、女の顔にパンチを入れたり、蹴ってあざを作ったりするのは本意じゃないんですけどね」
「攻撃が入れば、の話ね。雷槌さんはご自分の技と強さを疑わないようですが、世の中には相性も大事なんですよ」
「アクション指導の松田先生に判定してもらいます。寸止めでも有効打が入ったと思った時点で止めてもらいますので従うように。双方怪我をさせたら反則負けだと思ってください」
「コンくんのお師匠さんということは、彼に少林拳や太極拳、形意拳などを教え込んだっていうのは本当ですか」
「コンの技を知っておるのか。コンはアクションの土台を作るために技を習わせたからな。今でも世代ナンバーワンの実力者じゃと思うが。なぜ階段から落ちた程度のスタントで頭部裂傷なんて起こしたのか。疑問で仕方がなかったよ」
「お師匠様。実はコン先輩は体格のよい人に階段へ叩き落されたんです。コン先輩としては、打ち合わせのない出し抜けの状況でスタントの技は出せないようなことを言っていましたが」
「ほう、コンも自重を憶えたか。打ち合わせもなくタイミングもわからずで叩き落されたら、どこかが着地するまで受け身はとれないんじゃよ。下り階段ならたとえ手から着地できても滑ったり潰れたりして頭部を裂傷することもあるからな」
「あ、それ、本人からも聞きました。いくら空中感覚がよくても、着地するまではどうしようもないって」
「わしも現役のときは準備を欠かさなかったよ。あいまいな取り決めで正確な情報が得られなかったら、たいてい怪我をしていたからね。コンもその父親も、準備は万全にするよう言って聞かせたが。父親のほうはスタッフが爆薬の量を間違って大爆発に巻き込まれて引退したくらいだ」
「お父様もスタントマンだったって本当なのですね、お師匠様」
「おや、コンと付き合っていて、まだ聞いておらんのか」
「コン先輩とお付き合いですか。今までそうは思っていませんでした。確かに私もコン先輩とたくさんお話ししていますし、スタントの話もしてもらっていますから。そうか、私、コン先輩とお付き合いを」
「あの女子もそうなんじゃろう。ずいぶんとコンのことを知っているようだが」
「
「ともちゃんはいろいろと知っておるようじゃな。コンの父親の話は、彼女が雷槌くんに勝ってからにしておこうか。蛇鶴八拳の実戦を見るのはずいぶんと久しぶりじゃからの」
監督とプロデューサーも松田師匠のそばにやってきた。ふたりの邪魔をしないように隅に退避してきた形だ。
「それでは松田先生、合図をお願いいたします」
「よかろう。ふたりとも準備ができたら中央へ」
真夏美は事もなげに中央へと歩みを進める。雷槌はストレッチを入念にしてからすたすたとやってきた。
「この態度の違いが、そのまま強さの違いなんだがな。それがわからないから白帯なんじゃろうが」
雷槌に聞こえないよう師匠が声を落とし気味に話した。
「よし、さっさとやって勝ったらすぐにアクション撮影だからな。約束だぞ」
「私に負けたら、コンくんが復帰するまではアクション撮影は禁止ですからね。そちらも約束は守ってください」
中央で向かい合っていると、師匠から声が飛んだ。
「よし、両者揃ったところで始めの合図を出すぞ」
真夏美と雷槌はゆっくりと頷いた。
「よし、始め」
師匠の声を聞いた雷槌はすぐに構えをとろうとしたが、真夏美は問答無用で距離を詰めた。構えが整う前に顔を右手で掴んで彼の両足の裏へ脚を差し出す。そのまま力任せに雷槌を投げ捨てると、脚で後退を邪魔された雷槌が容赦なく床に叩きつけられた。
「勝負あり。真夏美くんの勝ちじゃな」
呼吸を乱すことなく開始の位置に着くと、大きく一礼してひらりと師匠が待つコーナーへと歩いていく。
「そんなバカな。構えはどうした、構えは。こちらが構える前に攻撃するなんてフェアじゃない。今のは反則だ、反則」
けたたましく不平を鳴らすと、両目に怒りを宿して起き上がり、真夏美を追って駆け出した。
「猛獣扱いには慣れているんだけどね」
鶴の羽ばたきを思わせる腕さばきで、難なく雷槌をあしらう。いつの間にか彼は床に這いつくばっていた。
「こ、こんなバカなことがあるか。なぜ俺が負ける。俺の突きが当たれば瓦だって割れるんだぞ」
しょせん演舞と試合と実戦の区別もついていない素人の言い分だ。
実戦は勝てばいい。勝ち筋はひとつではない。
予想外のところから攻撃を仕掛けるから優位に立てるし、安定して勝てるのだ。
両者立ち会って、構えをとってから試合が始まるという流ればかり経験していたら、とてもではないが実戦の役には立たないというのに。
(第8章A1パートへ続きます)
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