第27話 波乱(B1パート)雷槌と調教師
「ともちゃん、ニュース・ニュース」
アシスタントのスタッフが駆け寄ってきた。ひらりと声を揃えてお辞儀する。
「おはようございます」
「ああ、おはようございます。それでね、ニュースなのよ」
「なにかあったんですか。今はまだコン先輩が復帰していないからアクションの撮影はないはずですけど」
アシスタントさんは呼吸を整えている。よほどのことがあったのだろうか。
「
聞いていた真夏美がひとつ策を思いついた。
「あの、私でよければ説得してみますが。うまくいくとはかぎりませんが、やらないよりはたしなめやすいと思います」
「なにか考えがあるわけか。真夏美ちゃんの策ってどんなものなの」
胸の前で右拳を左掌で受け止めてみせた。
「女、本当に貴様に勝てばアクションを撮らせてもらえるんだろうな」
アイドル俳優の雷槌がびしりと指を突きつけてくる。
「私はコンくんよりは弱いけど、女の私に負けるような人がするアクションなんて高が知れているわよ」
「ほう、じゃあ貴様も格闘技には自信があるわけか。ちなみに俺は空手を習っているんだが、それでも勝てそうか」
「空手だかムエタイだかブラジリアン柔術だかカポエラだかサンボだか知らないけど、ただ型ができる程度の人に負けるつもりはないわね」
「型ができる程度、ね。俺もずいぶんと見下されたものだな」
完全にこちらを舐めている視線を送ってくる。
「それじゃあなにか型を見せ合いましょうか。それから手合わせでいいわよね」
「よかろう。それなら俺から見せてやるよ。型だけなんて言わせねえぞ」
雷槌は構えたのち、正拳突き、前蹴り、肘打ち、後ろ回し蹴りと次々と技を見せた。
「どうよ。この華麗な攻め手は」
このアイドル俳優、確かに言うだけのことはある。だが、やはり破壊力に関しては疑問符がつく。見栄えのよい技さばきなのは認めるが、腰が入っていない。おそらく当てるのはうまいだろうが、相手を倒すまでには至らないだろう。やはり実戦向きではない。
「じゃあお嬢さんの番だ」
「それはいいけど、私スカートなんだけど。衣装さんにジャージでも持ってきてもらっていいかしら」
「かまわねえよ。おい、衣装。この女が履くパンツかなにかを持ってこい」
「この身長ですと男物になってしまいますが、だいじょうぶでしょうか」
真夏美は頷いた。
「かまいません。別に用を足すわけでもありませんので」
「わかりました。少々お待ちください」
衣装さんが衣装部屋へ向けて駆け出そうとしたので、それに付き従った。
「私も付いていきます」
衣装部屋に入ると、学園モノらしく学生服やジャージなどが吊るされている。
「女性ものだとギリギリ百六十くらいの用意はあるんですけど、今回は大柄な女子キャストがいなくて。あなたおそらく百七十弱よね。男子の平均身長より少し小さいくらいだから。男子のジャージなら動きやすいだろうし。えっと、あ、これこれ。本当はこれコンくん用なんだけど、今彼は経過観察中だしこれは新品だし、今日使ってもクリーニングに出せばだいじょうぶでしょう」
「ちなみに彼はこれを履いたことがありますか」
「ないわね。初日のスタントも制服ブレザーを着ての階段落ちだったし。ジャージを着てアクションするのは中盤だから、すぐには使わないのよね」
「それじゃあ、お言葉に甘えてそれを着ます。時間もないのでここで履いていいですか」
ジャージのパンツに足を通して、腰まで上げたらスカートを脱いだ。
「サイズ感はいいわね。男子のLサイズくらいでぴったりみたい」
「少し動いていいですか。動きやすさも見たいので」
「かまわないけど、ここは狭いから廊下でやりましょうか。廊下も広いですから」
その言葉に従って廊下に出ると、さっそく型を連続して舞ってみた。パンツが邪魔をするところはなさそうだ。
「いいですね、これ。じゃあスタジオに戻りましょうか」
衣装室からスカートなどを持ち、衣装さんに従って雷槌の待つスタジオへ歩を速める。
「お、女傑のお帰りか。ともから聞いたが中国拳法の使い手らしいな。だが男とはパワーが段違いだ。やめるなら今のうちだぞ」
雷槌に向き合うと、中国拳法の型をゆったりと披露した。ゆったりと大きな動きに絡みつくような腕さばき、見栄えだけなら空手よりよほど華麗に見えるはずだ。
「ほう、女子高生が蛇鶴八拳か。これはいいものを見せてもらった」
気づくと、ひらりの隣に座っている老人が拍手を送っている。コンくんの師匠の松田先生だ。
「ははは、男の空手と女の蛇鶴八拳か。これはどちらが勝つのか見ものじゃな。じゃが、どちらもコンの足元にも及ばんだろうがな」
「なんだと! いくらアクション指導だからって、戦ってもいないのに勝敗がわかるわけないだろう」
老人はにこにこした表情を崩さない。
「空手のほうが分が悪いんじゃよ。空手の直線的な攻撃は、蛇鶴八拳の絡みつく動きでやすやすとさばけてしまうじゃろう。柔拳に分類されるから〝柔よく剛を制す〟で軽々と空手の上をいくじゃろうな」
「松田先生、笑ってないで止めてくださいよ。どちらかが怪我でもしたらスキャンダルになってしまいますよ」
「男子のほうは黒帯を目指している素人、女子のほうはおそらく免許皆伝の玄人。戦わずして勝利は決まっている。どうしても戦って勝敗を決めたいというのなら、立会人になってやるが」
「望むところだ。こんな女、ギャフンと言わせてやる」
「ひらり、私物を預かっていて。すぐに終わらせるから。ちなみにマネージャーさん、あなたと雷槌さん、どちらが強いそうですか」
「私でしょうね。彼は黒帯まで到達していない級の段階で、私は四段ですから」
「しかも、実戦で磨き上げている四段ですものね。修羅場を踏んでいない素人に負けるはずがないか」
「では、秋川さんは負けてもよいと」
「それはありません。コンくんのためにも、雷槌さんを完膚なきまでに叩き潰します。それでアクションの撮影を後ろにズラせるのなら勝つべきです」
松田先生はうんうんうなずきながら椅子に座っている。
(第7章B2パートへ続きます)
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