第26話 波乱(A2パート)偶然じゃなく必然

「コン先輩って、昨日雷槌いかづちさんにアクション指導していましたけど、それだけ強いんですか」

「強いというより、怯まないって感じかな」

「怯まない、ですか」

 ひらりちゃんはきょとんとしている。


「あんな大怪我をした後でも階段落ちのスタントをやろうというのはそのせいか。普通の人なら相当臆する場面よね」

 あきかわさんの忌憚のない言葉だ。


「まあね。小学生から親父に格闘技やスタントを教わっていたから、怖いと思う意識がないんだ。親父が引退してからは格闘技の師匠に武術を習っているから、使える技は飛躍的に増えたね」

「格闘技の師匠、ですか」

「そう。現場にいた松田先生。映画のアクション指導をしている中国武術の達人なんだ。親父のつてで見てもらうことになってね」

「それが先ほどの武術なのね」

 秋川さんは納得したようだ。


「だから、師匠がいないときは俺が現場のアクション指導もすることになっていてね。雷槌さんは任されているアクションの流れが悪かったから、撮影は後日にってことになったわけ」

「結構見栄えはする動きに見えたんですけど、アクション指導から見るとダメなんですか」


 ひらりちゃんの感想は素直だ。確かに見栄えだけならダンスを見ているかのようだ。

 しかし本物のアクションとダンスは違う。


「雷槌さんのはリズムに合わせたダンスだからね。美しい流れではあるけど、あれで人は倒せない。だよね、秋川さん」

 秋川さんが顎先を右指でつまんだ。

「確かにダンスとしては申し分ないけど、ただリズミカルなだけで人を倒せるほどの威力はなさそうだったわね」


「そう言うこと。アクションでたいせつなのはリアリティだからさ。当たれば本当に人が倒れるパンチやキックでないと、観ている側も白けてしまう。監督さんはアクションにこだわりがあってね。業界随一の師匠をアクション指導に据えたのも、スタントとして俺に声がかかったのも、すべては本物のアクションを撮影するためなんだよ」

「それって、雷槌さんも知っているんですか」


「いや、知らないだろうね。スタッフの間だと、師匠と俺がセットで来ていることから、新作は本格アクション路線だと踏まれているらしい」

 ひらりちゃんは目を輝かせ、秋川さんは表情を歪めていた。

「それだけコン先輩って芸能界からの信頼が厚いんですね。私が知らなかったのは芸能人として浅はかでした」


「いや、スタントは基本的に、スタントインする俳優とカメラマン、それに監督などごく少数と打ち合わせをしているだけだからね。ひとりの出演者が有象無象のスタントマンを知っていること自体が稀なんだ」

「じゃあ本当なら今回の映画でも、ひらりと接点がなかったから知られるはずもなかったわけね」


 ちょっと想定が不確かかな。

「それはどうなんだろう。高校で面識のある人が現場にいたら、気づかないわけがないだろうし。つまり秋山さんとひらりちゃんと知り合っていたので見つけられてしまったと考えられるんだ」


「なるほど、つまりコン先輩がただのり学園へ転校してきたから、現場で見つけられたわけか」

「ひらり、それはちょっと違うわね。転校して面と向かって話す機会があったから、現場でも見つけられるほど記憶に残っていたと見るべきね」


「ちぇ。それじゃあ私たちとコン先輩の出会いは偶然じゃなく必然だったのでしょうか」


 悠一は右手で後頭部を掻いた。

「そんな大げさなものじゃないよ。運命論はこの際関係ないかな。秋川さんと同じクラスになったのも前もって決まっていたわけだし。その秋川さんがひらりちゃんと幼馴染みなのもすでに知られているところだよね。単にお互いを認知していなかっただけ。現場では会っていた者同士が事件で改めて存在を認知しただけだろうね」


 秋川さんが右手首内側をチェックしている。どうやらスマートウォッチで時間を確認しているようだ。

「それじゃあ私たちはこのへんで。先ほどマネージャーさんに連絡を入れているので、そろそろ到着する頃ですので」

ひるさわさんはこれから撮影よね。コンくん、監督さんたちスタッフになにか報告できそうかしら」

 垂水先生が伝言を依頼しようとしているらしい。


「そうですね。順調に回復しています、とだけ伝えておいてください。今週末の精密検査である程度の状態がわかるでしょうから、それまではお待たせします。うまくクリアできれば土日からスタント復帰できそうですので」

「コン先輩、確かにスタッフさんたちに伝えておきますね。それじゃあ私たちはこれで。さん、行きましょうか」


 教員用の駐車場から裏門へ向かって歩いていくふたりを見ていると、やはり威圧感が足りないなと感じた。

 後藤はあの巨体でファンを寄せつけなかったのだろう。今も数名の生徒が彼女を追いかけようと裏門へ走っていく姿が確認できる。


「アイドルって大変ですよね。ファンにサービスしなければならないんですから。スタントはファンサービスとは無縁なので、アイドルの苦労がわからなかったのですが。あの様を見ると後藤の存在感が欲しいところかもしれませんね」

「それじゃあ、コンくんとしては後藤くんの復学を希望している、と見ていいのかしら」


「勉強が本分の高校生が停学で授業から遅れていくのも、あまりよい状況とは言えませんよね。発端が短慮であり、今は深く反省しているというのであれば規定の一週間を延長しなくてもよいかもしれませんね。学園としては僕の精密検査次第だと考えているのでしょうが」

「否定はしないわ。もし君が亡くなったら、後藤くんは刑事責任を問われて停学どころか退学になるでしょうね。そうならないためにも、のうしんとうをしっかりと治すことを考えるべきよ」





(第7章B1パートへ続きます)

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