第7章 波乱

第25話 波乱(A1パート)練習の発覚

 結局、敵役アイドル俳優の雷槌いかづちが提案したアクションシーンの撮影は取りやめとなった。

 アクションのキレが今ひとつパッとしない。

 そう監督とプロデューサーが判断したのだ。それは表向きの説明で、アクションシーンはゆういちの回復を待つことがスタッフの間で再確認されたのである。


 翌日の放課後、養護教諭の垂水たるみ先生の所用が終わるのを待つ間、悠一は体育館裏で格闘術の型を練習することにした。師匠から教わった型を反復することで、バランス感覚や技のスピード、力の入り具合を確認していくのだ。これはスタントを始める前に必ず行うルーチンでもあった。

 しかし怪我をしてからまだ四日目であり、のうしんとうの後遺症の危険が去ったわけではない。一週間はあくまでも目安であり、一か月後、半年後にまかる人がいるのも実情だ。


 師匠からは少林拳の他にも、太極拳や形意拳の指導も受けていて、少林拳の次は太極拳や形意拳の基礎をひとつずつ確認する。

 少しでも不安があれば、やり直して集中力を研ぎ澄ませる。


 自分の体を思い通りに動かせることは、スタントとして成功していく頼みの綱だ。もし意のままにならなければ大怪我をするのは必定。そしてこの練習は学園の誰にも見つかるわけにはいかなかった。

 不甲斐ない姿が学園内で広まれば、後藤の処分はさらに重くなる。もし悠一が練習中に倒れでもしたら、学園中が大騒ぎになるだろう。


 体育館裏は学園の裏門を通る際に目に触れる場所でもある。

 しかし生徒は通常表門から出入りする決まりとなっており、人目に触れないと高をくくっていた。

 しかし毎日マネージャーの車に乗るために裏門へ向かう芸能人たちが通ることを織り込んでいなかった。無理もない。悠一は芸能人が例外的に裏門を使用していることを知らなかったからだ。


「コン先輩、体を動かしてだいじょうぶなんですか。少なくとも一週間は安静にするようにお医者さんから言われていますよね」

 裏門へ向かっているひらりちゃんとあきかわさんに見つかってしまった。ひらりちゃんがつかつかと歩み寄ってくる。


「これは毎日のルーチンワークだからね。自分の体がどこまで思い通りに動かせるか。それを確認しているだけだよ。バク転とかバク宙とかはやっていないから、それほど激しいわけでも危険なわけでもないしね。ちょっとしたラジオ体操みたいなものだね」

「ラジオ体操で殴ったり蹴ったり受けたり流したりはしないと思いますけど」

 ひらりちゃんの言うほうが正しいな。彼女はときどき真実を穿うがつ発言をしてくる。


「そりゃそうだ。ひらりちゃんも太極拳でもやってみたらどうかな」

「ええっ。コン先輩って強い女の子が好みなんですか」

 思わず秋川さんを目で追ってしまった。

 ここで「強い女の子は眼中にない」と言ったら秋川さんと溝ができるだろうし、「強い女の子が好きだ」と言ったら「じゃあさんのような女性がタイプなんですか」とツッコまれかねない。返答に困る質問だ。

 それも意地悪でなく純粋な疑問だからさらにたちが悪い。


「うーん、強い弱いは好みには関係ないかな。強い人なら守ってもらえるだろうし。弱い人なら守ってあげたくなるだろうし」

「それじゃあ私は守ってもらえるわけですね。真夏美さんは守る側、ってことはないか。コン先輩のほうが強そうですし」


「それより、ふたりともどうしてここにいるんだい。ここは生徒が通らないと踏んで体を動かしていたのに」

「ああ、ひらりのマネージャーさんの車が裏門前に着くのよ。毎日それに乗ってひらりを送り迎えしているってわけ。でも毎日必ずってわけじゃないから、マネージャーさんを呼ばない日もあるんだけどね。コンくんと一緒に撮影現場に行ったりしたでしょう」


「もしかして後藤も本当はここを通っていたのかな」

「ええ、そうだけど。私とマネージャーさんだけでもじゅうぶん強いから。後藤くんの不在はなんとでもなるわ」


「でも男が何人もいたら対処できないよね」

「今までは後藤くんがにらみをきかせていたから、そういう心配はなかったかな」

 ということは、後藤には早々に帰ってきてもらわなければならないわけか。


「もし後藤が退学になったらどうするのかな」

「えっ、後藤さんが退学になるんですか」

 ひらりちゃんが慌てている。その心配はあったわけだが、それほど深刻にはとらえていなかったのだろう。


「いや、とりあえず怪我をしてから一週間後にもう一度精密検査をして、後遺症がなければ停学の延長や退学の要請はしないつもりだから」

「そうなんですね。ということはコン先輩にダメージが残っていなければ後藤さんも復帰するってことですか。それで、今の体調はどうなんですか」


 悠一は形意拳の型を演じてみた。

「うーん。まだ少しバランスがとれないかな。踏み込みで軸足がブレるし、突きにも力がこもらない。見た目だけならまともそうなはずだけどね」

「確かに見た目は問題ないように見えるわね。ちなみに今の技は」


 秋川さんの問いに答える。

「ああ、形意拳のひとつ虎拳だよ。力強さとしなやかさを兼ね備えた型が特徴なんだ」

「虎拳かあ。ちなみに龍拳はできるの」

「ああ、基礎だけどいちおうはできるよ」


 そういうと高い位置からの打ち下ろしや地を這うような突き上げなど、虎拳とは異なるダイナミックな型を披露した。最後の諸手突きでバランスを崩した。

「ははは、やはり龍拳はこたえるな。龍拳の難易度は高いから、今の体調だとこんな出来にしかならないわけだけど」


「この状態でスタントなんてできるの。もう少し安静にしたほうがよくないかな」

 秋川さんの言わんとしていることはわかる。今の状態でスタントなんか再開したら、基礎的なミスで怪我をするのがオチだろう。難しいスタントなんてできるはずもない。


「まだ時間はあるからね。毎日体を動かしていれば、そのうち感覚も戻るだろう」

「ずいぶんと楽天的な性格よね」

「恐怖に打ち勝つ集中力と性格が揃わないと、スタントなんてやれないからね」

 するとふたりの後ろから垂水先生が拍手をしながらやってきた。


「たいしたものね。とても脳震盪を起こした少年のキレじゃなかったわ。これなら後藤くんも早期に復学できそうね」

「いえ、まだふらつきがありますね。もう少しおとなしくしていればバランスも戻ると思いますが」

「それじゃあ早く自宅へ戻らないとね。駐車場へ向かうわよ」

 垂水先生が振り向いて歩き出した。それに付いていくことにした。


「じゃあ私たちもお見送りということで。どうせマネージャーさんもすぐには来ませんから」

 そう言うと、ひらりちゃんは俺たちに付いてきた。その後を秋川さんも追ってくる。





(第7章A2パートへ続きます)

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