第24話 スタント(B2パート)想定外の出来事
敵役のアイドルの上段回し蹴りは足が高く上がるものの、人を倒すには腰が入っておらず、見栄えがいいだけだ。
コンくんはそれを指摘して軸足を踏み出す角度や回し蹴りの腰の入れ方を指南していく。あくまでもコンくんは受けに徹して、アイドルが一方的に攻めている。
ファンはアイドルが殴られるシーンなど観たくもないのだろうが。もうちょっと技の応酬を見せたほうがエンターテインメントとして盛り上がるのではないか。
「なぜコンくんが攻撃しないのでしょうか」
「さっきコンくんの説明を聞いていたんだけど、ちょっと距離感がつかめないから、攻めると当ててしまう可能性があるんだって」
「距離感がつかめない、ですか。それって目に差し障りがあるってことなんじゃ」
「怪我をしてから二日しか経っていませんからね。まだ感覚神経なんかが興奮しているんだと思うけど」
「ですが、医師の話だと、目が悪くなったらすぐに見せるようにって」
垂水先生は口元に手を寄せる。
「でも、相手の攻撃はしっかりとさばいているようだから、視力に影響があるようには見えないわね。やはり万一にも当ててしまったときを考えたら、自信が戻るまでは守りに徹するべきかもしれないわ」
確かに見栄えのよいキックやパンチが飛んでくるが、あくまでもダンスの一貫でしかなく、仮に当たっても大怪我するとは考えづらい。
やはり距離感を測りかねてコンくんの攻撃が当たったときに賠償問題へ発展しないような配慮かもしれない。
「
「よし、じゃあいくぞ」
ハッと掛け声をかけるとアイドルはまず右回し蹴りでコンくんを遠ざける。右足の引きに合わせて間合いを詰めてくるコンくんへ左フックを仕掛けた。それを右ガードで防ぐと、コンくんはガードした腕を滑らせて肘打ちの体勢となる。それを左腕で防ぐと同時に右ストレートをコンくんの顎先へと見舞った。コンくんは左手の平でそのパンチを受け止めると大きく後ろへ飛び退いた。
「おい、コン。今のはよかったんじゃないか」
「そうですね。雷槌さんの攻撃はよかったと思います。もう少し練り込んで流れを固めたら本番でもいけそうです」
「だよな。コン、監督に俺の出来栄えを知らせてこい。可能なら今すぐにでも撮影したいってな」
「さすがに本番はまだ早いですよ。もう少しキレが欲しいです」
「コン、てめえはたかがスタントだろう。やられ役なんだからてめえが派手に倒れてくれれば成立するんだよ」
「それじゃあ一緒に監督のところへ行きましょう。今のキレが撮影に値するか、監督に査定してもらえば納得しますよね。もしオーケイが出たら、僕も収録に参加しますから」
「いいだろう。こっちはライブも控えているんでな。ちんたらと撮影している暇はないってんだ」
その様子を見ていた真夏美と垂水先生は、あまりにも横柄な口をきくアイドルのわがままに付き合うコンくんを心配した。
もしこれで撮影に入ってしまったら、最低でも一週間は安静を言い渡されているコンくんが危険にさらされかねない。
真夏美が怒鳴り込もうとしたところを垂水先生に制された。
「待って、秋川さん。外野がいくら言っても耳を傾ける人はいないはず。ここはコンくんを信じましょう」
「ですが、垂水先生。もし撮影に入りでもしたら、安静にしていろという医師の指示に反します。それは監督やプロデューサーも受け入れていたはずですよね」
「だからよ。監督もプロデューサーもきちんとした大人であれば、先の約束を違えたりはしないはず」
「もし撮影に入ったらどうするんですか」
「そうなったときは私が割って入ります。外野とはいえ、コンくんの健康をサポートするのが今の私の役割ですから。もし危険な撮影になるのであれば、絶対に食い止めます」
真夏美は垂水先生のその言葉を信じることにした。もともと監督とプロデューサーには話を通してあるのだから、それを信じる他ない。もし約束を違えるようなら、救急病院の医師を連れてきてでも説得しなければならないだろう。
監督室へ向かうコンくんとアイドルの雷槌さんとやらのあとを追った。
部屋の扉をノックしたコンくんが告げた。
「監督、失礼いたします。コンです」
少しすると扉が開いて監督が顔を出した。
「おお、入ってくれ、入ってくれ。雷槌くんもいるのか。なにか頼み事か」
「ええ、俺の殺陣を今すぐ収録してほしいんですよ」
「それはずいぶんと急な話だな。アクションシーンは最低一週間は撮らんぞ。プロデューサーとも話がついている。アクション事務所にも参加は来週からにしてくれと伝えてあるからな」
「でもこいつがいるじゃないか。タイマンの撮影なら今できるでしょう」
「そもそも撮影スケジュールを変更したのだって、こいつの自己管理が甘かったからだろう。こっちはアイドル活動で忙しいんだ。アクションシーンももとのスケジュールで撮影してほしいところだね」
監督は鉛筆で頭を掻いている。
「コン、お前の判断は」
「まだキレが鈍いと思います。もう少しアクションが体に馴染むまで反復練習をすれば完成度はより高まるはずです」
「コン、てめえのせいでスケジュールが崩されたんだぞ。今日撮影するはずだったアクションは今日やらせてもらうからな」
「じゃあカメラをスタンバイさせろ。その前でアクションを見せてもらおうか。もしレベルが低いと思ったら、今日は収録しないからな」
「俺の演技はいつも完璧だ。問題があるとすればコンの責任のはずだ」
「見るのはコンのレベルじゃない。おそらくなんの制約もなく戦わせれば、間違いなくコンが勝つだろうさ。雷槌くんはなにか武術の経験はあるかい。コンはこう見えて少林拳の達人だぞ」
「達人って、まだ高校生だろ。俺はアイドルとして毎日レッスンしているんだ。体術で負けるはずがねえよ」
「じゃあ、今からお前のアクションを見せてもらおうか。コン、契約外だが手伝ってくれ。受ける相手がいないと確認ができないからな」
監督室のそばで待機していた真夏美と垂水先生は、これから起こることに不安を覚えた。
(第7章A1パートへ続きます)
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