第23話 スタント(B1パート)ダンスのような殺陣

 はひらりを連れて裏門前で車を待っていた。ひらりのマネージャーが運転するワゴン車が音もなくすっと目の前で停車した。

「ともちゃん、おはようございます。今日の現場も昨日の映画撮影所だから、すぐに届けるわね。お菓子はいつもどおり後部座席に置いてありますから、好きなだけ食べてくださいね」

 ひらりのマネージャーは女性だ。男性にしてしまうとなにか間違いが起こるかもしれない。マネージャーも空手の有段者であり、いつぞやは真夏美とマネージャーで不良学生をコテンパンにやっつけたこともあった。ボディーガードとしても超一流だ。


「コン先輩、今日はいないんですよね」

 ひらりが念を押している。


「ええ、コンくんは昨日監督とプロデューサーと面会して、どうしても今撮りたい階段落ちのシーンを先にこなして、あとはしばらく休むことになっています。頭部打撲は命の危険がありますからね。スタント業界でも、頭部損傷による大事故で廃業だけでなく日常生活も満足に送れなくなった人もいます。彼の才能は業界の宝なので、さすがに引退されると困ってしまうようです」

「しばらくといわず完治するまで休んだらいいのに。もしかして、休むことでスタントのカンが鈍るとでも思っているのかな、真夏美さん」


「さっきの話だと、練習自体は欠かせないようね。一昨日初めて会ったときも、トレーニングは日課のような話だったし」

「マネージャーさん、本当にコン先輩が安静にしているかどうか、確認したいので遠回りしてもらっていいですか」

「それはできません。ただでさえ時間に遅れそうです。芸能人は時間厳守よ」

 ひらりは、はーい、と気のない返事をすると口を少し尖らせた。不満になるとよくする表情だ。


「今日はスタジオにはコン先輩もいませんし、ささっと収録して帰れませんか。浮いた時間でコン先輩のお見舞いがしたいです」

 マネージャーは今日のスケジュールをそらんじて空きそうな時間を見積もった。

「ともちゃんの演技が一発オーケイになったとして、共演者がミスをする可能性もあります。とくに敵役のアイドル俳優は演技力がなっていないので、いつ合格点がとれるものか。そちらは運を天に任せるしかないですね」


「あの人も大手プロダクションの看板を背負っているから、多少のミスは流されると思います。それならすぐに本日中の撮影は終わりそうですね」

「ところでともちゃん。スタントのコンくんの住所は知っているのかしら」


「私は知りません。真夏美さんが住んでいるマンションを把握しているので、あとは表札に〝坤〟と書いてある部屋を見つければいいですよね」

「今言うことじゃないですが、そのコンくんと電話番号とメールアドレス、SNSのアカウントくらい交換しておくべきだったわね。もちろんともちゃんのスマホじゃなく、秋川さんのスマホでね」


「ええっ、なんで私じゃダメなんですか」

 不服そうな声をひらりがあげる。

「当たり前でしょう。ドッキリ企画のように芸能人はいつスマホをチェックされるかわからないのよ。そこに男子の情報があったら困るでしょう」

 どうやら納得できたらしい。大きく頷いている。


「それじゃあ私がコンくんと連絡先を交換しておきます。緊急連絡先も交換したほうがいいですか」

 真夏美が答えると、マネージャーが同意した。

「そうね。彼大怪我しているし、万が一もありうるから、できるなら聞いたほうがいいかも。スタッフさんが把握しているとは思うんだけど」


「失礼な物言いですみませんが、マネージャーさんはスタントマンとしてのコンくんをご存じですか」

「小四でスタントマンデビューしたっていうことで、一時期業界に衝撃が走ったわね。しかもそのスタントの出来がすごかったのよ。それで同じ年格好の俳優のスタントを数多くこなしていると聞いているわ。スタッフの間ではそこらの俳優やタレントよりも一目も二目も置かれているわね」


「ということは、コン先輩を知らなかった私は芸能人失格でしょうか」

「言ったでしょう。スタッフの間では、って。俳優やタレントとは接点がないから難しい撮影でもないかぎり顔を知ることはまずありません。そこに意を砕くより、ともちゃんは自分の演技をノーミスでこなしてくださいね。早く帰れるようならコンくんの家に寄りましょうか」


「それなら、俄然力が入ります。ようし、コン先輩のように一発クリアしてみせますよ」

 ひらりの集中力が高まっていくが、今からそれだと本番までもたないのではないか、と邪推してしまう。



 現場に着くと、そこには敵役のアイドル俳優と殺陣の打ち合わせをしているコンくんを見つけた。

「ちょっと、なんでコンくんがここにいるわけ」

 そばを見ると垂水先生が腕組みをしながらコンくんを観察している。真夏美たちは垂水先生に近寄って声をかけた。


「垂水先生、なんで今日もコンくんがいるんですか。最低一週間の安静って話はどこへいったんですか」

「秋川さん、ひるさわさんも。自宅まで送ろうとしたら途中で電話が入ったのよ。敵役のアイドル俳優がシフトをズラされると殺陣が憶えきれないっていうので、撮影はしないと条件を出して越させました」

「でも監督さんとプロデューサーさんと約束したんですよね。なぜ守られていないのですか」


「芸能界の特徴かもしれないわね。多くの人がかかわっているから、ひとりの都合、とくにスタントマンの負傷程度でスケジュールをズラせないのかも。そもそも一週間安静と約束したけど、殺陣の流れを確認するのは激しい運動ではないとも言えますから」

「殺陣の流れ、ねえ。そのくらいのこともできないんですか、そのアイドル俳優は」


「ひとりで踊れるダンスのようにはいかないわよね。相手との呼吸や間合いのとり方は実際に手合わせするスタントが教えないと技のキレにも違いが出るでしょうし」

 タイムキーパーがひらりを呼んでいる。それに応じてマネージャーとともに個室へと駆け込んでいった。真夏美は垂水先生のそばでコンくんと主演アイドルとの打ち合わせを眺めている。





(第6章B2パートへ続きます)

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