第22話 スタント(A2パート)スタントの技術

 ひらりちゃんはスマートフォンを操作している。

「ああ、写っていないね。もしかしてスタントしている俺の顔が観たいのかな」

「それもそうなんですけど、まずはスタントデビュー作を観たいじゃないですか」

 動画のシークバーをスライドさせて後半までひとっ飛び。そこから早送りをして子どもの転倒シーンを探しているようだ。


「顔が写っていないから、一発オーケイだったんだ。当時はあんなものでお金がもらえるなんて夢のような仕事だなと思ったものだよ」

「あっ、これかな」

 ひらりちゃんは横に寄ってきて、スマートフォンの画面をこちらに向ける。


「ああ、これだね。この後ろ向きに走っている子どもがスタント前の子役だよ。そしてなにかに蹴つまずいたようになってから、カットが変わって転倒するシーン。これが俺の出番だね」

「へえ、確かに簡単そうに見えますね。このくらいなら本人にやらせてもよくないですか」


「子役に怪我はさせられないからね。殴られるシーンとか捕まるシーンとか。怪我をしそうなところはすべてスタントの出番になる」

「ってことは、このエピソードでも複数演じているんですか」

「ああ、倒れてから怪人に捕まって持ち上げられるところまでが俺の役割だった。そこまでがワンカットだったから。でも顔はいっさい写っていないけどね」


「スタントって顔が写ったらまずいのかしら」

「顔が似ていたら写ってもいいんだけど、基本的に顔は撮らせないね。昨日の階段落ちスタントも顔が写り込まなかったから一発オーケイだったんだ」

「だから監督もさすがって言ったわけか」


「顔を写さず、見た目痛そうに転げ落ちないといけない。しかも実は怪我もしていないっていうのが理想なんだよ」

 ふたりとも感心しきりだ。垂水先生も話に入ってきた。


「ちなみにコンくんが今までやった中で、いちばん危険だったスタントってどんなものなの」

 こめかみを叩きながら考えてみる。

「そうですね。今までで報酬がいちばん高かったスタントっていう意味だと、廃校の四階から隣接するプールへ飛び込んだやつかな。隣接するとはいっても二メートル近くは離れていたから、走って加速をつけて、窓枠を踏み台にして大きくジャンプ。そして十メートルの高さをダイブする。今考えるとずいぶんとトンチキなスタントだったな」


「それってやっぱり映画なの」

 垂水先生も食いついてきた。


「ええ、日本アカデミー賞作品賞の候補にもなったアクション映画ですよ」

「そこまでの危険を冒してでも、撮るに値するスタントだったわけね」


「いちおう飛び降りる経路を改造して、マットを敷き詰めてあったんですよ。でも四階からの落下ですから完全に無傷とはいかないですけどね。地上にセットを組んでもらって、それで何度も確認したんですよ」


 秋川さんは口をあんぐりと開けている。さすがに想定外過ぎたんだろう。


「ちなみにそのスタント、一回で成功したのかな」

「ええ、もちろん。もし失敗したら、地上のセットで飛び出すシーンを撮って、飛び降りて着水するシーンと組み合わせて、あたかも一発撮りかのような構成にする予定だったらしいです」


「それで、怪我はしなかったの。どう聞いても、階段落ちの比じゃないと思うけど」

 秋川さんは体を心配してくれているようだ。傷害事件と比べれば状況が大きく異なるんだけど。


「ああ、ちょっと打ち身はあったものの、骨折なんかはしなかったよ。最初から危険を想定して何度も準備していれば、そう簡単に怪我はしないから」

「昨日の階段落ちのようなものね」

「そういうこと。きちんと落ちる段数と回転方法、撮影する角度を知らせてもらって、練習を重ねて準備すれば、危険は極力排除できるんだ」

「つまり、落ちる準備ができていれば怪我はしないわけね」


「そういうこと。後藤に叩き落とされたときに受け身がとれなくて当たり前。どの角度で投げられるのか、体のどこが真っ先に着地するのか。わからないからね。とくに着地する部位はスタントの基本だから」

「スタントの基本って」


「簡単に言うと、昨日の階段落ちは左手から落とされるのが確定していたから、着地してすぐに回転する準備として頭部を抱え込む。そして背中をかるく丸めて両膝で回転をコントロールする。踊り場に着いたらぐったりとした演技をすれば、迫力のある階段落ちのシーンが撮れるんだ」

「どこも簡単じゃないわね」

「これが自然に見えるように準備するのがスタントの仕事ってわけ」


「度胸がいいだけじゃないわけね。技術が必要とも言っていたけど、そういうことか」

 秋川さんはどうやらスタントを理解してくれたようだ。


「確かにスタントマンが必要な理由がわかるわ。いくら特撮技術が進化したとしても、生身の体で危険に挑む姿は感動ものね」

「特撮技術が向上してきたから、スタントの需要自体は減ってきているんだ。でも、リアリティーにこだわる監督はまだまだ多くてね。特撮とスタントを組み合わせて、ド迫力のアクションシーンを演出する現場もある。どんなに特撮がすぐれていっても、スタントがなくなることはないんじゃないかな。それは生成AIが進化しても役者が生き残るのと同じことだね」


 ひらりちゃんが思い出したようだ。

「そういえば、前の現場にいたとき、生成AIとやらで私の演技をやらせてみる実験をしたんです。でも言葉遣いは不自然だし、体は動かず顔周りだけが動くなど不自然さが強くて使い物にならないって監督さんが言っていました」


「そういうこと。少なくとも今の技術水準ではどうしても不自然さが残ってしまう。俳優やスタントが必要な証左だね。ひらりちゃんも演技力を磨いて、コンピュータに追い抜かれないように努力するんだね」

「はい、コン先輩のように現場から必要とされる俳優になります」

 ひらりちゃんは元気よく答えた。





(第6章B1パートへ続きます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る