第6章 スタント
第21話 スタント(A1パート)フィールドの違い
放課後になり、秋川さんとひらりちゃんとともに校舎裏の教員駐車場へ向かっていた。
日頃からオートバイに乗っていたからか、正直に言って他人の運転はあまり好きではない。他人に命を預けるのは仕事だけでたくさんだ。しかし、頭部を損傷したので当面は致し方ない。
「コン先輩ってスタントを始めて長いんですか。今までの現場で見たこともないと思いますけど」
「小四からスタントインしているんだけどね。子役のアクションシーンだから、まず誰にもバレないんだよね。だから俺自身、録画を観てもこのシーン、本当に俺だよなって疑心暗鬼だったよ。親父のレコーダーに録ってもらって、スタントシーンをコマ送りにしてようやく自分だって気づいたくらい」
「確かに小学生くらいだとあまり外見に差が出ませんよね。子役もよほど目鼻立ちに特徴がないと、入れ替わってもすぐには気づかないかも」
「それはないでしょう。少なくともひらりの小学時代なんて、遠めからでもひらりとわかったくらいだし」
秋川さんの言い分が正しいだろう。体の成長過程にある時期は、身長や体形などが日々変わっていく。撮影の間も成長しているわけだから、撮影順にも注意が必要だ。
当然スタントもそのときの子役の成長に合わせなければならないのだ。
「少なくとも、子役のスタントはなるべく目立たないシーンになることが多いかな。使っても一瞬で。顔を写さずにアクション部分だけを撮影することもあるよ」
「じゃあ芸歴は私のほうが長いかな。私は小二からなんですよ」
「俳優の芸歴は知られているけど、スタントの芸歴なんてカウントされないからね。あくまでも内輪での力量を察するくらいしかない。多くのスタントマンは、芸歴の長さイコール修羅場を数多く経験しているって判断するくらいだからね。危険なシーンは芸歴が長くないと任されないんだ。度胸と技術がないと失敗するものだからね。だから芸歴が長いほど危なくなるんだ。親父もずいぶんと危険なシーンをこなしていたからね。そしてあまりにも危険すぎるシーンでスタッフが爆薬の量を間違えて再起不能な大怪我をしたってわけ」
「やはりスタントって割に合わなくないかな。怪我をすれば次の仕事まで療養することになるし、ミスなくこなしてもどんどん難易度が上がっていく。際限がないじゃない」
「そこが面白いんだよ。撮影のときには安全配慮をしっかりと行ってもらえるから、あとは集中して決められたアクションを違わずこなすだけ。難易度が上がってもついていけるのは、現場の管理とスタントの集中力のおかげかな。だからより難しいスタントを任されるのはステイタスなんだよね」
皆で歩いていると教員用駐車場にたどり着いた。
ひらりちゃんはかるく首を捻っているようだ。
「でも、小二から映画やドラマの撮影をしていて、今までコン先輩と会ってないなんてありえるのでしょうか」
「お互い存在を知らなかったわけだから、出会っていても記憶には残らないだろうね。人間の記憶は興味ないものを憶えていられるほど優秀には出来ていないのだし」
「ひらり、そもそもあなたアクションのある映画やドラマに出たことないじゃない。コンくんはそういうものにしか出番がないんだから、会っていなくて当然でしょう」
「そう言われればそうでした。でも五、六年いても接点がないなんて、芸能界も案外と広いんですね」
垂水先生が声をかけてきたので、あいさつをして後部座席に乗り込んだ。するとひらりちゃんも付いてくる。
「垂水先生、私たちも駅まで送ってもらえませんか。これから現場なので」
「
「それじゃあ話が終わるまで、車をお借りします」
ひらりちゃんの強引さに負けたのか、垂水先生はため息をついた。
「わかったわ。じゃあ早めに切り上げてね。私はコンくんを送った後も仕事が残っているんだから」
「ありがとうございます。じゃあコン先輩、私たちが今まで出会っていなかった理由ってなんでしょうか」
「そうだなあ。芸能界も、階層というかブロックに分かれていると思うんだ。それぞれ活動しているフィールドが異なるから、接点が生じることもなかった。それだけだろうね」
「フィールドが違う、ね」
「そう。テレビドラマ俳優と映画俳優、舞台俳優はたいてい棲み分けているよね。それとは別に、俳優とスタントも生息域が異なる。俳優は危ないシーンは避けて演じる人たち、スタントは危ないシーンを安全を確保しながらあえて危なく見えるように演じる人たち。方向性が間逆なわけだね」
「危なく見えるように演じる、か」
秋川さんは得心したようだ。
「スタントは主に映画で活躍するけど、特撮ヒーローもののようにテレビドラマにも需要がある。稀に舞台でスタントを求められることもあるんだけど、毎日同じ危険を繰り返すのは、ひとりのスタントでは引き受けないものなんだ。惰性は致命的なミスを生む母体となることが多いからね」
ひらりちゃんはその言葉に興味が湧いた。
「ちなみにスタントマンとしてのデビュー作ってなんだったんですか。映画なら借りて観たいんですけど」
「うーん、最初は特撮ドラマだったから映像は残っているかな。配信サイトにあるかわからないけど。『雷撃戦隊ステラマン』っていう特撮ヒーローものの二十五話だね」
「『ステラマン』ですか。ちょっと待ってくださいね。私が契約している配信サイトで探してみます。えっとステラマン、と」
ひらりちゃんは配信サイトの検索窓にフリック入力していく。
「あ、ありますね。二十五話っと」
配信サイトにある『雷撃戦隊ステラマン』のページに入ってスワイプしている。
「えっと、何分くらいに出ているとか詳しい情報ありますか」
「さすがに何分かまではわからないな。子どもが怪人に追いかけられて転倒するシーンだから、後半だったとは思うんだけど」
「転倒シーンもスタントするんですか」
「走りながら転倒するのって、大怪我をしやすいんだ。子役は貴重だからスタントが代わりに転ぶわけ。同じ衣装を着て、後ろから撮影すれば見分けはつかないからね」
「ってことは、顔は写っていないんですか」
ひらりちゃんは興味が惹かれたようだ。
(第6章A2パートへ続きます)
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