第20話 復学(B2パート)屋上でお弁当

 昼休みになると秋川さんが声をかけてきた。

 授業中はいつもどおりツンケンしているが、今は表情も緩やかだ。彼女が教室の後ろに据えられた棚からランチボックスを取り出すと、廊下からひらりちゃんがあいさつする声が近づいてきた。


「ひらりのお弁当を見たでしょう。三人で屋上へ行って食べるわよ」

「でもいいのかな。ひらりちゃんの手弁当なんて」

 その言葉に前の席の河合が反応した。


「コン、お前どうやってひらりちゃんに弁当を作ってもらえたんだよ」

「いや、昨日ひらりちゃん親衛隊の後藤に怪我を負わされただろう。その罪滅ぼしの意味で作ってくれるって話になったんだけど」

「なあ。俺の菓子パンと交換してもらえないか。一度でいいからアイドルの手弁当を食べてみたかったんだよ」


 秋川さんが割って入った。

「あれはあくまでもコンくんへのお詫びの印であって、単に作ってくれたわけじゃないの。食べる権利はひらりが原因で負傷したコンくんにしかないわ」

「ちぇ。だったら俺が後藤に投げられればよかったのかよ」


「弁当の出来はわからないけど、階段に頭から落とされるのはかなり痛いからオススメはしないぞ」

「俺だってそんな危険なマネはできないってわかっているよ。でもこんなチャンス滅多にないじゃないか」

 河合がすがりついてくる。

「じゃあこうしよう。俺はコンと一緒に食べる」


「ダメよ。コンくんはひらりと私と屋上で食べるの。あなたが付いてくる理由はないわね」

「だから、俺がコンと一緒に食べるとなれば、ひらりちゃんと秋川とも一緒に食べられるじゃん」

「ずいぶんと考えがせこいわね。そうまでして食べたいの」

「ぜひとも」

 かぶりつきそうな河合の様子だが、もともと学生食堂派ではなかったか。


「それより河合、お前学生食堂で食べるんじゃなかったのか」

 河合はなんとなく消沈しているようだ。

「実はな、ゲームに課金しすぎて手持ちがヤバいんだよ。購買の菓子パンなら二百円もしないからふたつ食べられるし、次の小遣いまでしのげればなと」


「ゲームアプリはやめたほうがいいぞ。成長期の栄養素が大きくなってからの体質を決定すると考えられるからな。菓子パンだけなんて栄養が偏るぞ」

 そう河合を諭していると、ひらりちゃんが教室の入口までたどり着いていた。


「真夏美さんコン先輩、いらっしゃいますか」


「ああ、ひらり、今から行くわ。さあコンくん、付いてきてね」

 ゆういちは秋川さんの後を付いていく。

 ひらりちゃんが隣に来て、風呂敷包みをひとつ手渡してきた。彼女自身が持っているものよりひと回り大きい。どうやら男性用の弁当箱のようだ。


 屋上の扉を開けると、外では多くの生徒が弁当をつついていた。


「さあ、コン先輩、こちらへ来てください。私たちの特等席なんです」

 階段への扉からぐるりとまわったところに連れてこられた。

「ここです。どうですか、いい眺めでしょう」


 屋上から一望する景色は、山の麓の家並みが整然と立ち並んでいるものだった。

 それほど高くはない山だが、トレーニングには適しているのだろう。何名かのグループが山道を駆け上っていた。


「こうやって改めて見ると、意外と山が近かったんだなあ。これはいい練習ができそうだ」

「うちのスポーツ部のトレーニング場になっているけどね。今はただのり大学のスポーツ部が使っているみたい」

 秋川さんは日頃からよく観察しているのだろう。グループの正体を看破した。


「俺は大学どうしようかな。すでにスタントで仕事をしているから、あえて進学しなくてもいいんだろうけど。今回のような大怪我をすると、引退してからの人生設計も考えたくなるしなあ」

「確かに、スタントができなくなったら企業で地道に働くしかないわよね」

「親父がまさにそれなんだよなあ」


「お父様もスタントマンだったんですよね」

「そう。親父がスタントをしていたから少林拳の道場で俺も練習していたし、小学生からスタントの仕事もやれていたわけ」

「それがなんでコンビニチェーンのエリアマネージャーになったのかしら」

 まあこの話になるよな。


「スタント中に大怪我をして引退を余儀なくされたんだよ。知り合いにたまたまコンビニチェーンの経営者がいたんだ。スタント歴が長くて芸能界にも人脈があるから、広告にもよいタレントを紹介したのが効いたのかな。あとはたまたま経営感覚がすぐれていて、スポット的にエリアマネージャーを任されたら成績がよかった。そこから正社員に登用されて今に至るってわけ」

「ずいぶんと運があるわけね。お父さんは大学出なの」

「ああ、スタントができなくなったら、生活が立ち行かなくなるのがわかっていたらしくてね。ちなみに親父の父親もスタントマンなんだよ」


「ってことはコン先輩はスタント・ザ・サードなわけですね」

「どこぞの怪盗のようなネーミングだね」

「狙いました」

 ひらりちゃんはころころと笑っている。


「じゃあそろそろお弁当を食べようか。いくら待ち時間がないとはいえ、あまり喋っていると時間がなくなるからね」

「そうですね。話は食べながら追い追い聞けばいいわけですし」

「あまりに聞きすぎると、すぐにネタが切れるからね。スタントしかしてこなかった人生だから」

「またまたあ。でもスタントって魅力的な仕事ですよね。危険なシーンを俳優に代わって行うなんて」


 風呂敷包みを解いているひらりちゃんに倣って悠一も包みから弁当箱を取り出した。

 秋川さんはランチボックスを開いた。


「コン先輩、ぜひ開けてみてください。お気に召したら嬉しいのですが」

 促されて弁当箱を開くと、ご飯と梅干し、卵と鶏のそぼろ、卵焼き、ほうれん草のおひたし、タコさんウインナー、黒豆、鶏の唐揚げが入っていた。

「へえ、結構手間がかかりそうな内容だね。この唐揚げも自家製なのかい」

「はい。朝に揚げたばかりのものは作り置きや惣菜とは違う食感なんですよ。衣のサクサク感が段違いです」

「ということは、唐揚げが一推しなのかな」


「黒豆は休みの日にまとめて作っておくんです。そぼろは入れる直前に混ぜますし、卵焼きも自信作です。焦がさずにまとめるのが難しいですよ。今日はうまく出来ました」

 卵焼きを取り出すと、確かに焼き目の付いていない綺麗な出来栄えだ。

「砂糖はほんの気持ち程度しか入れていないんです。焼き目が付くほとんどの原因は砂糖ですから。だから代わりに出汁を使っています」


 それにしても焼き目の付かない卵焼きは相当腕前がよくないと作れないはずだ。

 俺もスタントの仕事が長引きそうなときは弁当を作って持っていく。そのときに卵焼きも作るが、茶色や黒の焼き目は必ず付くのだ。

 卵焼きとはそういうものだと思っていたが、腕前がよければ卵焼きはこんなに黄色くなるんだな。この出来栄えには感動すら覚える。


 隣で秋川さんが開いた弁当箱にはサンドイッチが入っていた。


「コンくん、食べたければいくつかあげるけど」

「いや。これ秋川さんが食べるため用でしょう。俺がとったらお腹が減ると思うけど」

「ただでとは言わないわよ。そちらのおかずと交換ってことならって意味」


「卵焼きと唐揚げだけは絶対にダメですよ。コン先輩に食べてもらいたくて精魂込めたんですから」

「はいはい、わかっているって。そのタコさんウインナーで手を打ってあげるけど」

「それにも気持ちはこもっているんだけどなあ」


「ということで、今日は交換なしね。ひらりが交換してもよいおかずを用意してくれたらってことで」

 秋川さんとひらりちゃんが顔を見合わせて笑っている。


 これまで現場でもひとりで食べていたけど、こうやって誰かと弁当を食べるっていうのも悪くないな。





(第6章A1パートへ続きます)

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