第19話 復学(B1パート)一週間
養護教諭の
「コンくん、頭に怪我をしているじゃない。私はだいじょうぶだからあなたが座るべきよ」
秋川さんに両肩を後ろから掴まれて丸椅子に座らされた。
「ありがとう、秋川さん」
垂水先生は頭部の傷を確認するために、俺の頭のネット状包帯を取って傷口を確認する。
「昨日階段落ちのスタントをしたって聞いたから、傷口が開いていないか心配だったんだけど、少しも開いていないわね。さすがプロのスタントマンってところかしら。でも頭部の怪我は致命傷になりうることに変わりないから、当分は激しい運動はできないと思ってね。体育の先生にはこちらから伝えておきます。あとはめまいやふらつきを感じたらすぐに安静にすること。目が悪くなったり耳が聞こえづらくなったりしたら、すぐに保健室に来るように」
「目や耳が悪くなるなんてことがあるんですか」
ひらりちゃんは不思議そうな顔をしている。
「脳は神経の塊だからね。感覚神経が圧迫されたり途切れたりすると目や耳が悪くなることはあるんだ」
「さすがはスタントマン。体への理解が深くて助かるわ。であれば、自己管理もきちんとできるわよね」
「自分の状態を把握して、きちんと整えるのが俺たちスタントの職業意識ですからね。不安を感じたらすぐに申告しに来ますよ」
「わかったわ。それじゃあコンくんは今日からさっそく復学してもらいます。後藤くんは最低一週間は停学として謹慎することになるわね。あとは被害者のコンくんが、加害者の後藤くんをどのくらい恨んでいるか、処罰感情によります。もし後藤くんを懲罰する気があるのなら、すでに警察が介入して傷害事件に発展していますから、交渉や訴訟で決着することになりますが」
後藤が俺の命を左右する怪我を負わせたことは疑う余地もない。しかしこれからの後藤の人生は俺の処罰感情で左右されるということか。
であれば、垂水先生としては俺が後藤を許すことを願っているのかもしれない。そのための保険として、体調が悪化したり異変を感じたりしたら保健室に来るように指示しているのだろうか。
「とりあえず、後藤が謹慎する一週間は安静にしておきます。それで体がどこまで回復するか。それで後藤くんの処罰を決めればよいでしょう。その間はスタントも行いません。監督からは頭部の傷が塞がってかさぶたができるまでは休むように指示されています。そのぶん復帰したらスタントシーンを立て続けに撮ることになりますけど」
「養護教諭の立場としては一か月は安静にしてもらいたいんだけど」
「それではさすがに撮影スケジュールを圧迫してしまいます。スタントのシーンを経て俳優にメイクを施して前後をつないでいくんです。スタント単体だけを収録するなら一か月でもかまわないのですが、俳優さんには他に仕事もありますから、ギリギリまで遅らせるわけにもいきません」
垂水先生は顎先に手を添えた。
「わかりました。それでは撮影に復帰するときも私が付き添います。医療班がいるとはいえ、コンくんの体よりもスケジュールを優先されかねませんからね。私が歯止め役になります」
「垂水先生、ひらりの付き添いで私も現場に行きますから、そのときにチェックしてもいいんですけど」
「いえ、あなたは
「わかりました。とりあえず傷口の針が抜けるまではお願いいたします」
垂水先生と話し込んでいると一時限目の予鈴が鳴った。
「さて、それじゃあ高校生の本分である勉学に勤しみなさい。コンくん、今日体育の授業はあるかしら」
「わかりませんね。時間割は昨日
「あ、それならだいじょうぶです。私たちのクラス、今日体育はありませんので」
「わかりました。それでは三人とも教室へ戻りなさい。駆けて転んでは元も子もないですからね」
秋川さんとひらりちゃんとともに一礼して保健室を後にした。
二階の廊下を歩いていると、ひらりちゃんが俺と秋川さんの後をついてくる。
「あれ、ひらりちゃんってたしか一階だよね、教室」
「はい、でもコン先輩がきちんと教室に着いたのを確認したくて。お邪魔ですか」
ちょっと返答に困るな。邪魔だとか自分の教室に戻ればというと角が立ちそうだ。
「言っても教室って階段と二部屋挟んだところだから、すぐに着いちゃうんだけどね」
「それでも心配でして。私のせいで大怪我を負ったのですから、私の精神安定のためにもご一緒させてください」
こう言われてしまうと返す言葉がない。ひらりちゃんって意外と策士かもしれないな。芸能界で鍛えられたのだろうか。
「休み時間にも来られたらいいのですが。様子見したいので」
「そこまで気にする必要はないよ。どうせ頭部裂傷がひどいだけで、それほど重傷ってこともないだろうし」
「それじゃあ、お昼はご一緒にとりましょうね。朝から気合いを入れて作ったんですよ、お弁当」
「人が作った弁当なんて何年ぶりだろう」
「以前はご自分で作られていたんですか」
ひらりちゃんはなかなかに話を膨らませるのがうまいな。トーク番組の聞き手になれそうだ。
「ああ、親父がまだスタントをしていたときに自分でね。小学生だったからあまり凝ったものは作れなかったなあ」
「小学生で手作り弁当ですか。それはお父さんも喜んでいたんじゃないですか」
「喜んでいたように見えたけど、実際どうなんだろうね。それほど手間のかからないおかずばかりだったから。コンビニ弁当でも買ったほうがましだったかも」
「そんなはずはないですよ。わが子が手間暇かけて作ってくれたんです。コンビニ弁当なんかよりずっと心がこもっていますよ」
いつの間にか、二年B組の教室前に到着していた。すると一分前の予冷が鳴っている。
「それじゃあ私はここで失礼致します。お昼、楽しみにしていますね」
ひらりちゃんは来た道を軽快に引き返して階段を降りていった。
(第5章B2パートへ進みます)
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