第18話 復学(A2パート)黒服サングラス
「ちなみに、校内はすべて監視カメラで常時監視しているので、その映像と音声は警察へすでに提出済みよ」
先を歩く
「校舎を常時監視ですか。さすがに更衣室にも設置されているなんてことはないですよね」
「当たり前じゃない。うちは芸能人が多数いるから、流出映像でがっぽり儲けようとする
ところで話は変わりますが、とひらりちゃんは前置きした。
「コン先輩は、スタントの仕事を始めて長いんですか。監督さんもさすがって言っていたくらいでしたし」
秋川さんとひらりちゃんには知ってもらったほうがよさそうだな。
「護身術を習うために中国武術の少林拳の師匠だった松田先生に弟子入りしたのが小学三年だったんだ。親父のつてもあって。その師匠が芸能界で一目置かれていてね。受け身の練習になるからということで、親父と師匠の話がまとまってスタントの仕事を提案されたってわけ。やってみたら、ちょっと度胸は要したけど小学生のお小遣いなんて目じゃないほどの高額報酬だったんだ」
「ということは、コンくんはお金が目当てでスタントをやっているの」
秋川さんは学校の敷地内なのにツンケンしていない。その態度が原因の一端であることを認知しているのだろうか。これで〝絶対零度の女王様〟の異名を返上できるようになるといいんだけど。
「まあね。需要がある限りはプロとしてスタントもするし、スタントしたら報酬は必ずもらわないとね」
「でも、生徒が身を危険にさらすようなアルバイト、よく学園が認めましたね」
垂水先生が前を歩きながら振り向かずに答える。
「芸能界と懇意にしている学園ですからね。芸能界の要望は受け入れないと、新たな芸能人を呼び込めませんから」
「芸能界って意外と薄情なんですね。ひらりにボディーガードを雇うでもなく、私と後藤くんたち数名だけに任せるなんて」
「まさか学園に大人のSPを入れるわけにもいきませんからね。廊下だったり教室だったりに黒服サングラスの大人がにらみをきかせるようになってしまうと、一般の生徒にとっては邪魔なだけよね」
その様子を思い描いて、くすりとひと笑いした。
「確かに。それじゃあのびのびとした学園生活は送れませんよね。いつ追いかけられるかわからないんだから」
「黒服サングラスの大人に追いかけまわされるテレビ番組もあるわね」
「コン先輩。私、あれに出演したことがあるんですよ」
いつものにこやかなひらりちゃんの笑顔だ。
「あれって本当にやらせなしなのかな」
芸能関係としては聞いてはいけない話題だったかもしれない。視聴者が純粋に番組を楽しめるのは、そういった裏事情がないと錯覚してくれるおかげなのだから。
最近、フルコースの自腹番組で暴露もあったくらいだ。知りたがる人は多いが、知ってしまったら純粋に楽しめなくなる。
「それは口外しないことになっています。番組を盛り上げるための演出なんでしょうけど。だって逃げている本人がいくら隠れていても、付いてくるカメラマンさんまで隠れているわけじゃないですよね。それでも追いかけられないってことは、それなりに取り決めがあるみたいです」
出演料のことも気になるけど、さすがにそこは突っ込まないほうがよさそうだ。
「あの番組の話は置いときますね」
ひらりちゃんはブラウンの大きなボストンバッグを開いて、なかから風呂敷包みをふたつ取り出した。
「今日からコン先輩のぶんのお弁当作ってきましたから、お昼になったら
「学園内であまりひらりちゃんと親しくしないほうがよくはないかな。後藤の例もあるし。誰かが絡んでこないともかぎらないよね」
垂水先生が口を挟む。
「それならだいじょうぶだと思うわ。後藤くんが警察沙汰になったから、あなたに絡もうって思う生徒はいないはずよ。脅されて引くような人物でもないと周知されたようなものだしね」
怪我の功名っていうやつかもしれないな。
だが、これで悠一の仕事にまで話が及ばないようにする必要はあるだろう。もしスタントのことを知られたら、見せてくれと言い出す生徒も必ず出てくるはずだ。芸能人のいない前の学校でもそうなったしな。その手の追及をかわすのは本当に骨が折れる。
スタントの手始めを見せれば納得するかと思ったら、どんどん難しいスタントを求められるようになった。親父の転勤は渡りに船だったのだ。
「できれば、他の人たちに俺がスタントマンだって言い触らさないようにしてほしいんだけど。積極的に言い触らさないとしても、ポツリとスタントのことだったり、芸能関係だったりを匂わせると、今回以上の事件が起こるかもしれないからね」
「わかった、ひらりはどう」
秋川さんは即答した。
「真夏美さん心得ていますって。たとえ裏方だとしても、スタントには面白半分でかかわろうとする生徒が多いでしょうからね。高校生になっても戦隊ものを観ている生徒もいますし」
ひらりちゃんの言うとおりだ。
高校生でも特撮やアクションものが大好きな人はいる。だからこそ、危険なシーンを見せろと言ってくる輩は湧いてくるのだ。
校舎に入って上履き代わりのスニーカーに履き替えると垂水先生が切り出した。
「コンくん、病院でも聞いただろうけど、頭部への外傷は打ちどころが悪いと死ぬこともありますからね。死なないまでも半身不随になったり全身麻痺に陥ることもある。そこまで酷くなくても、めまいや吐き気、強烈な頭痛に見舞われることもあるの。だから本来は絶対安静が推奨なんだけど、編入早々自宅で静養していると友達もできないだろうしね。
「そうですね。自分は芸能関係とは思っていませんから、ボディーガードは必要ないでしょうから。クラスの河合とは敬称抜きで話せるようになりましたし、このまま友達の輪を広げていけたらいいですね」
ひらりちゃんは笑いかけてきた。
「それじゃあコン先輩には私と真夏美さんが加われば三人は友達が出来たことになりますね。後藤さんたちも加えて欲しいところですが、遺恨があるので難しいかなと。でも、私とコン先輩がそばにいたら、私のボディーガードがコン先輩も守ってくれるでしょうから、学園としてもお得だと思うんですよね」
「それは否定しないわね。コンくんの仕事が芸能関係として稀有なものだとわかりましたし。本来ならコンくんにもボディーガードをつけたいところね」
「ボディーガードがいないことで、かえって注目を浴びなくなるって効果はありそうですけど」
「守らないことで守られるってこと」
「ああ、俺が芸能関係でないと思わせられるし、知ったとしてもスタントだとわかれば有名人との接点は少ないとわかりますしね。それでひらりちゃんと一緒にいても芸能関係なら仕方ないって思ってもらえる」
垂水先生は手を鳴らした。
「なるほど。今回の事件はあなたが芸能関係だと知られたかもしれないけど、コンくんを守るためにひらりちゃんとセットで守ると考えればいいわけね」
どうやらこちらの提案は採用してもらえたようだ。
(第5章B1パートへ続きます)
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