第5章 復学
第17話 復学(A1パート)謝罪と謹慎
転校初日に大怪我を負った
親父は暗いうちからすでに出社しているので、いつも鍵をかけて学校に行き、鍵を開けて帰宅する。だから垂水先生も親父の顔を見たことはない。
学園に到着すると、そこで黒服に黒い学生カバンとランチボックスと水筒を持つ秋川さん、ふんわりとした白いブラウスに大きなブラウンのボストンバッグを提げているひらりちゃん、こちらも黒服だが手ぶらな後藤と、スーツ姿の担任教師・
軽自動車タイプの赤いEVから降りると、後藤が歩み寄ってくる。
「
後藤は百八十センチほどの身長を感じさせないほど萎縮しているようだ。
俺としては、別段彼の停学や謹慎を望んではいなかった。だから、これは学園側としてのけじめの問題なのだろう。
「俺がひらりちゃんと親しげにしていたことは事実だから仕方がないけど。もう少し冷静になれるよう努力してください」
「わかりました。坤くんに言われた点を悔い改めたいと思います」
しかし、どうにも据わりが悪い。やはり改めて〝ひつじさる〟と呼ばれるのは気持ちのよいものではない。
「それと後藤くん、俺のことは〝コン〟と呼ぶようにお願いします。確かに〝ひつじさる〟が本名だけど、今までの学校でも〝コン〟だったし、忠度学園では先生方からも〝コン〟と呼んでもらっていますから」
後藤は背後に控えている秋川さんとひらりちゃんを振り返る。秋川さんが静かに首を縦に振ると、後藤は向き直った。
「わかりました、コンくん。これからはそう呼ぶことにします。それでは私はこれから停学と謹慎に入ります。高階先生、よろしくお願い致します」
いつの間にか後藤の隣に来ていた高階先生は、彼を連れて校舎の中へと入っていった。
入れ替わりに秋川さんとひらりちゃんが前に出てくる。
「コンくん、あなたも芸能関係の仕事をしているからわかっているとは思うけど。ひらりに虫がつかないように私と後藤くんがガードしていたってわけなの。後藤くんがあなたに嫌悪感を抱いたのは当然で、彼は自分の役割を果たそうとしていた。でも、階段に投げ捨てるなんて言語道断の暴挙よ。彼を許してくれとは言えないけれど、彼の行動の端緒は理解してもらいたいの」
「今まで後藤先輩にひとにらみされた男子って、慌てふためいてすぐに距離をとるようになりました。だから、おそらくコン先輩が脅しに屈せず平常で、後藤先輩はいつものようにいかなくて、
どうにもこのふたりから謝罪を受けるのは違うような気がする。
ひらりちゃんと話をしようとしていたのは事実だし、秋川さんはひらりちゃんのボディーガードとして人を寄せつけたくないからぶっきらぼうになっていたわけだし。
ふたりの態度を見て後藤がキレたのは理解できなくもない。だが、あくまで後藤の短慮が招いた事件であって、ふたりはきっかけになったかもしれないが、実際には事件を煽っていたわけでもない。
煽らなければ無罪だとは言わない。
俺とひらりちゃんが親しげにしていたことで、親衛隊は気分を害し、後藤が暴挙に出たのは明らかに過剰反応だ。同じ高校の生徒なのだから、会話くらいは普通にしたほうがいい。
ガードをがっちりされすぎて、守られているはずのひらりちゃんが窮屈さを感じていた可能性も否定できない。
年上の秋川さんと後藤が中心だから、下級生へのにらみは万全だろうし、同学年でも〝絶対零度の女王様〟の異名と巨漢の後藤を前にして、ひらりちゃんとお近づきになろうと考える者はまずいないだろう。
その慣例を知らなかった部外者の俺が、それまでの慣例を越えた。
これまでとは勝手の違う状況に直面して、つい頭にきた、といったところだろう。
そういうことを前もって教えられていれば従いもするが、誰も教えていないのにそれが慣例破りと判断されたのは俺にはまったく理解できない。
そして階段へ投げ落とされたのは明らかに行き過ぎだ。
いくらスタントをしていても、安全対策なしでは怪我をして当然だ。とくに頭から段差に叩きつけられたので頭皮に裂傷が残ったのだ。
どんなに優秀なスタントでも、予想外の出来事には対処できない。それで大怪我を負って引退したスタントも数多い。
気になることもあったので、垂水先生に問いかけた。
「そういえば、後藤の刑事処分はどうなったのですか。学校内とはいえ、人を傷つけたら傷害罪ですから警察も黙ってはいないでしょう。隠せば隠蔽体質をマスコミから叩かれるでしょうし」
「結果として受傷事件には違いないから、警察にいくつか指示を受けています。彼の罪が確定するまでは停学処分ということで手を打ちました。病院に秋川さんと蛭沢さんと後藤くんを連れていったとき、三人とも警察から事情聴取を受けています。目撃者も多かったので、事実確認も速やかに行われたそうよ」
おそらくそれで彼の処分が決まったのだろう。あとは俺が後藤を訴えるかどうか。その一存で彼の処分が正式に決まるはずだ。
「コンくんの考えていることはわかるけど、訴えるかどうかは、後遺症が出るかどうかで決めるべきでしょうね。単に頭部裂傷と全身打撲だけで済んだのなら訴えるとしてもそんなにおおごとにはならないでしょうし。後遺症が出たらそのとき改めて賠償してもらえばいいはずです」
「映画会社との契約でも、スタント後に後遺症が出たら雇った側が賠償責任を負うことになっています。行き過ぎた危険行為を抑制するための条項でもあるのですが」
その場にいる人たちは皆聞き入ってしまった。それに気づいた垂水先生がひと声かけた。
「駐車場で立ち話もなんですから、校舎へ向かいましょうか」
そう告げると垂水先生が先導した。
(第5章A2パートへ続きます)
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