第16話 アクション(B2パート)好きな人はいるの
「今だとVFXとかいうやつで、アクションもスタントなしでできるようになったと思うんだけど」
秋川さんの言い分もわからないではない。というより今どきの映画やドラマの撮影ではスタントを使うほうが稀ではある。
「やはり実際にやっているか、合成しているかは区別がつくからね。本格的な作品にしたければ、やはりVFXよりもスタントのほうが迫力が違う。合成していることがバレると一瞬で興醒めするからね、観客は」
「そう言われればそうかも。安い戦隊ヒーローものなんかだと、合成が見え見えで白けることがあるもの。あれは主に幼稚園や小学生向けだから、合成をあまり気にしないのかな」
「おそらくは。一年通して放送するためには、危ないシーンで万一の事故を起こされたら穴が空きかねないからね。同じ役で俳優が代わったり、一話まるまる没になるなんてなったら、毎週楽しみにしている子どもたちが悲しむだろうし」
「それじゃあスタントは、それ以上の観客のために必要ってことね」
「そうだな。中学生くらいになると、合成か本物かの区別が付くだろう。俺は小学生の頃からスタントをしているけど、やはり中学生役のスタントから始めたくらいだし」
日本のVFXが世界で認められてオスカーを獲った実績もあるくらいなんだけど。それができる監督は限られている。その他一般の監督からすれば、やはりスタントを使ったほうが安上がりだしなによりリアリティーがある。
なにせ実際に転げたり爆破を回避したり流れるような殺陣なら、直接スタントを撮影したほうが早い。
複数のカメラを用意してストップモーションで斬新な視点を描き出した監督もいるけど、それもカメラの台数で制約がかかってしまう。カメラを用意してすべてを同期させるなんて、それだけでもかなりの技術が必要だ。
そんな話を秋川さんとしていたら、ひらりちゃんが話題を転換した。
「それより、コン先輩って好きな人はいますか」
悠一は脈絡のない問いかけに意表を突かれた。
「あ、ああ。好きな人はたくさんいるよ。親父ももちろんだし、師匠や監督さんやスタント仲間なんかは積極的に好きになるよう努力しているし」
「私が聞きたいのは〝ラブ〟のほうです。〝ライク〟じゃありません」
首を傾げて困ったような表情を浮かべてみたが、答えないわけにもいかないか。
「うーん。〝ラブ〟はいないなあ。そもそもスタントは高額の報酬と引き換えに体と命を張る仕事だから。誰かと愛し合っていたら死んだときに申し訳ないよね」
「あえて恋人は作らないってことですか」
「作る必要はないだろうね。スタントは技術の他に覚悟と度胸のいる仕事だから。少しでもためらいを覚えたらオーケイの出るスタントは撮れないよ」
「今のコン先輩はフリーってことでいいんですか」
ひらりちゃんは目をランランと輝かせた。
「それじゃあ、明日から私がコン先輩のお弁当を作ってきますよ。こう見えて私、料理は得意なんです」
「そりゃ悪いよ。どうせ親父から昼飯代はもらってるから、学生食堂でじゅうぶん」
「ダメですよ、体が資本なんですから、きちんと栄養バランスのとれたものを食べないと。私、管理栄養士の勉強もしていて、栄養バランスにも自信があるんです。まだ資格は取っていないんですけど」
「でも、ひらりちゃんは俺のぶんまで用意するのはたいへんだろう。アイドルとしての仕事もあるんだから」
「いえいえ、せっかく見つけた撮影仲間です。これからも仲良く楽しく接したいじゃないですか。それをお弁当くらいでできるのなら安いものです。それにその怪我も私が原因なんですから、罪滅ぼしも兼ねてぜひ作らせてください」
真剣なまなざしに射抜かれて、ついほだされてしまった。
「わかった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。どうせなら俺も対価は支払うべきだと思うから、学生食堂代を支払うよ。それなら俺の良心も痛まないしね」
「私としてはタダでも作りたいところなんですけど」
気のせいか、やや声量が控えめだ。
「なにごとにもけじめは大事だよ。とくに契約社会の芸能界は、対等な契約をしっかり締結してからでないと仕事を請け負っちゃダメなんだよ」
「じゃあ、食材を買い込んでコン先輩が元を取ったと思うくらいの豪華なお弁当にしますね」
「コンくん、楽しみにしているといいわよ。ひらりの手料理ってプロ顔負けなんだから」
「うちじゃあカップ麺とかプロテインとかくらいしか食べないしなあ」
「そんなものでよくスタントなんてやれますね」
「素食だから、恐怖心が薄いのかもしれないよ。知らんけど」
「コン先輩、知らんけど、なんて使うんですね」
ひらりちゃんがケラケラと笑っている。すると準備をしていたスタッフが近寄ってきた。
「ともちゃん、撮影の準備ができました。スタンバイ願います」
「あ、私もう行かないと。まだこちらの準備ができていないし。それじゃあ明日からのお弁当に期待してくださいね」
駆け出したひらりちゃんを引き止めた。
「わかった。あまり無理しないでいいよ。なければ学生食堂にすればいいだけなんだから」
「わかりました。絶対学生食堂よりおいしいって言わせてみせますよ」
そういうとひらりちゃんは一目散にスタッフに連れられて大部屋を出ていった。
「年下でも主張が激しいところがあるからね。もしお弁当が嫌なら嫌とはっきり言ったほうがひらりのためよ」
「女子にお弁当をもらえるっていうのは悪い気はしないと思うんだけど」
「それが現役アイドルならなおさらよね。後藤くんじゃないけど、やっかむ人が出てこないともかぎらないわよ」
「今回の怪我でうかつに手を出せなくなっただろうし、いざとなったら俺がスタントマンであることを明かせば、芸能関係者には見えるんじゃないですか」
軽口をたたくが、悠一としても女性アイドルにお昼ごはんを作ってもらうことになるとは思わなかった。
(第5章A1パートへ続きます)
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