第14話 アクション(A2パート)アクションシーン

 翌日授業の終わったコンくんを乗せた垂水先生の自動車が学園を出ていった。

 それを見届けてからとひらりは、迎えに来ていた所属事務所のマネージャーが運転するワゴン車で撮影現場へと向かった。後藤くんは停学となって謹慎処分を受けているので来られない。


「後藤くんが全面的に罪をかぶってくれたおかげで、ともちゃんに疑惑が飛び火しなくて助かったわ。もしともちゃんの責任で事故が起きたとマスコミに知られたらとんだスキャンダルに巻き込まれていたでしょうね」

 真夏美はひらりのマネージャーの無責任な言葉に心がちくりと痛んだ。


「被害者の生徒がともちゃんを訴えるんじゃないかと危惧していたんだけど。怪我の程度によっては今後もない話じゃないか。でもともちゃんが手を出したわけでもないから、訴えられても守り切れるわよ」

「コンくんがそんなことをするとは思えませんが」


「わからないわよ。治療した結果、後遺症が出たらいつ訴えてくるか」

 芸能事務所としては、訴えられないようコンくんを丸め込むつもりなのだろう。


「コン先輩にはしっかりと賠償してあげてください。私のせいであんな大怪我を負ったんですから」

「でも実際にやったのは後藤くんよね。であればともちゃんじゃなく後藤くんを訴えるのが筋だし、賠償も後藤くんが行うべきでしょう」

 その後、真夏美とひらりが抗議する中、車は撮影現場へと到着した。



 すでに撮影は進んでいて、今は主役の男性アイドルグループのタクミさんがアクションの練習を行っている。

 真夏美はその片隅で、頭に白いネット状の包帯を巻いている男性がいるのに気がついた。


「あれって、コンくんよね」

 ひらりが釣られてそちらを覗き込んだ。

「本当だ、コン先輩ですね。でもここでなにをしているのでしょうか」


 すると通り過ぎるスタッフからあいさつされ、ふたりは丁寧に返答する。

 真夏美は話しかけやすそうな女性スタッフを捕まえて、コンくんがなぜここにいるのかを問いただした。

「ああ、あの子ね。アクション業界ではちょっとした有名人よ」


「彼、芸能人じゃないって言っていましたけど」

「確かに芸能人じゃないわね。でも芸能人では勝てない技術と度胸があるのよ」

「技術と度胸ですか」

 コンくんのそばに垂水先生が座っているのに気がついた。


「先生、これはどういうことですか」

 近づいて声をかけると一礼した。

「秋川さん、お疲れ様。私もよくわからないんだけどね。どうやら彼の職場ってここらしいのよ」


「撮影現場じゃないですか。じゃあ彼も芸能人なんですか」

 垂水先生は首を左右に振る。


「いえ、本人の話では厳密には芸能人ではないそうよ。スタッフの一員なんじゃないかしら。あまり聞いたことのない業種のようだけど」

「でもスタッフさんに聞いたら、業界では有名人だって」

「それだけ腕のいいスタッフってことなんじゃないの」


 ひらりが真夏美の顔をのぞき込んでいることに気づいた。

「どちらにしても、あいさつはしっかりしておくべきだと思うんですけど」

「それもそうね。じゃあコンくんにあいさつをして詳しく話を聞いてみましょうか」

 言い終わる前にスタッフがはけて、コンくんはネット状の包帯をとってかつらを被った。今気づいたが、彼が着ている制服は主役のタクミさんと同じデザインのようだ。


「ようし、それじゃあ撮影を始めるぞ。コン、準備はいいか」

「はい、問題ありません」

「じゃあ本番テイクワンに入るぞ。各員配置を守れよ。それじゃあテイクワン、アクション」

 撮影を告げる合図を聞いた後、コンくんはその場からよろけて後方へと倒れ込んだ。だがそこには床がなかった。

 しかしなにかがぶつかるような音が立て続けに起きていることから、どうやら階段を転げ落ちているらしい。

 音が止まって少し経ってから監督のカットの声がかかった。


「ようし、コン、いい演技だったぞ。今映像を確認するから、階段の上で待機してくれ」


 監督がモニターを覗き込んで、今のコンくんの動きをチェックしている。無礼とは思いつつ、真夏美はひらりとともに後ろからモニターを覗き込んだ。そこに映っているのは、階段を転げ落ちるコンくんの姿だった。


「これって、もしかしてスタント、なのかな」

 真夏美は思わず声に出してしまった。それを聞いていた撮影スタッフが後ろから呼びかけた。

「ともちゃんおはよう。ああ、このコンくんはね、腕利きのスタントマンなのよ。現役高校生スタントマンってわけ」


「いいんですか、高校生にスタントなんてさせても」

 なんのことはない様子で言葉が返ってきた。

「彼は小学生の頃からスタントをしているわよ。スタントの師匠である松田先生が見込んだ逸材なの。だから小さい頃から武術も習っているし、スタントに必要な受け身や度胸も磨いているんだから。今だって、難しい階段落ちなのに自然でしょう。それでいて本人は怪我一つしないんだからたいしたものよね」


 芸能人ではないと言っていたが、確かに役者ではなかった。危険なシーンを代役するスタントマンだったのだ。


「よし、さすがコンだ」

 監督の声がかかる。

「一発オーケイだ、コン。怪我をしていてもさすがだな。今日はあがっていいぞ」

 その言葉を聞いたコンくんは、かつらを外して医療班に頭部を見てもらう。


「傷口は開いていないわ。あれだけ派手に転げ落ちても、頭部をしっかりと守っているのはさすがね。でもどうしてこんな怪我をしたのかしら」

「転入生への洗礼でしょうね。つー。沁みますね」

 消毒液を塗られてそれに耐えているようだ。


「どこに転校したの」

ただのり学園です」

 化膿止めを塗られてガーゼとネット状の包帯をかぶった。


「じゃあともちゃんと同じ学校か。でもそんなにガラの悪い高校だったのかしら」

「ちょっとした行き違いですよ。いちおう加害者も処分を受けて丸く収まりましたから」

「ならいいんだけど。あなたの代わりはきかないんですからね。絶対に怪我をするようなマネは慎んでよ」

「そのつもりです」


 その様子を見ていた真夏美は女性スタッフに問いかけた。

「コンくんの代わりがきかないってどういうことですか」

「あの年齢と体形のスタントマンは他にいないのよ。かつらとメイクで代役に入っている男性アイドルと見紛うほどでしょう。今はスタントも自分でやる役者が増えてきているけど、やはり専門職には敵わないわ。ともちゃんもいい子を先輩に持っていろいろと教わることも多いんじゃないかしら」


 代えのきかないスタントマンに再起不能となりそうな大怪我を負わせた。それはアクションドラマ界隈では一大事ではないか。





(第4章B1パートへ続きます)

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