第4章 アクション
第13話 アクション(A1パート)投げ落とされたこと
「君が今回の事件の被害者である
さすがに頭部打撲と意識を取り戻してから間もないので、すぐにでも本格的に休みたいところなんだけどなあ。
だがここで話さないと後藤の停学が長くなるだけだろう。
「わかりました。ですが今は要点だけでいいですか。詳細については記憶にないところもあるかもしれませんので」
女性刑事の本多さんが応じた。
「頭部打撲は記憶が飛ぶ人も多いですからね。ですから今日のところは要点だけをお聞きして、明日にでも詳細をお
「それでお願いいたします」
悠一はおぼつかない足どりを気取られないようにかばいながら、病院が警察に提供している部屋へと連れて行かれた。
「どうぞお座りください。今日のところは本当に要点だけを聞く予定です。証言をした三名の生徒が口裏を合わせていないともかぎりませんから。矛盾が出たら生徒たちに再聴取します」
「すべての過程をすっ飛ばして現実だけを言えば、後藤くんに階段へ投げ捨てられて頭部から落下した、という事実だけが残りますね。後藤くんの動機や秋川さんと
中年の飛田刑事がかるく笑っている。
「確かにすべてすっ飛ばすとそうなりますな。では、今の記憶の範囲内でかまわないので、階段に投げ捨てられるまでの状況を教えてください」
「そうですね。まず秋川さんに教室で話しかけたのですが無視されました。そこに蛭沢さんがやってきて、僕はそれでも秋川さんに話しかけました。秋川さんと蛭沢さんの話を聞いていて、どうやら蛭沢さんは芸能人らしい、とあたりをつけたんです」
「確かに蛭沢ひらりさんはアイドルの
本多刑事がそう告げた。
「本人からそう聞いています。で、どこかで会ったことがあるような気がして話をしていたんです」
「アイドルなんだから、テレビを観ていれば知り合いのつもりになったりしますよね」
結城刑事はよくある話をした。
確かに視聴者は一方的に知り合いだと思うものではある。
「いえ、仕事で会ったことがあるような気がしたんです」
「仕事とは具体的になんですか。蛭沢さんと秋川さんからも、君が芸能関係で仕事をしているのではないか、との発言が見受けられますね。君はどんな仕事をしているのか、話してください」
警察の事情聴取に隠し事をする必要はないか。こちらの素性を隠すことなく打ち明けた。
飛田刑事を含めて驚いた表情を浮かべている。
「そんなことを
「確かに大人がやるものなんですけど、今回の作品のような場合、年齢や体格を合わせる必要があるんですよ」
「でも、そんなこと、よく監督やプロデューサーがオーケイを出したな」
「いちおう父も昔は同じ仕事をしていて、監督やプロデューサーとも顔馴染みなんです。撮影中の事故で引退を余儀なくされましたが」
「そんなに危険なんですね。ああ、交通安全教室でその手の人と会ったことがありますが、徹底して安全確保をしていたのを思い出しました」
「そうなんです。現場では徹底的に危険を排除します。それも仕事をする前提条件なんですよ。自分の身は自分で守る。安全を他人任せにはしない。そういうことを徹底するのが長続きする秘訣ですね」
本多刑事がこちらの顔色を読んだようだ。
「仕事のことについては後日改めてお伺い致します。内容が変わる話でもありませんし。今は坤くんの体調を優先して、出来事の流れだけを伺わせてください」
「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」
結城刑事が差し出したお茶のペットボトルを受け取り、キャップを外して二口飲んだ。
「えっと、蛭沢さんと話した後からですよね。話しているときに後藤くんが現れまして。ひと言ふた言、話をしたらいきなり胸ぐらを掴まれて、抵抗する間もなく投げ捨てられました。僕が憶えているのはそのくらいですね。後藤くんがどんな理由で投げ捨てようと思ったのかや、秋川さんや蛭沢さんがどう思っていたのかはまったくわかりません」
「君くらい運動神経があれば、投げ捨てられたときに頭をかばうことはできなかったのかい」
「刑事さんたちも格闘技は経験していますよね。投げられるときに前もって判断して空中姿勢を変えられる余地があればかばえるんです。でも今回のように不意打ちを食らって投げられるとなにかにぶつかるまでは体勢をどうこうできないんですよ。これはあとで実践していただければわかると思います」
「わかりました。あとで検証しますが、プロの君の言葉を信じましょう」
「本物のプロには危険なシーンは存在しないんです。危険な要素はすべてを取り除いて、安全に実施する。でも失敗して怪我をするかもしれない、という気持ちと戦わなければならないので度胸が必要ですね」
「道理でこれだけの大怪我なのに落ち着いていられるわけか」
「そう見えるだけですよ。実際は、失敗したなあ、って後悔していますから」
悠一は悔しさを込めて頭のネット状包帯をいじくった。
「後藤くんがもう少し冷静な人なら問題はなかったんだと思います。彼は頭に血が上りやすいんでしょう。それを知っていたら、対応は異なっていたはずです」
「でも転校初日なんでしょう。初見の人の性格を、誤らずに見抜ける人なんていないわよ」
本多刑事の言っていることは真実だ。
初対面で相手のすべてがわかってしまったら。それはもう魔法や超能力で相手の本質を見抜くくらいでなければできっこない。
まだこちらを
「どうやら、ここらが限界のようね。今日の聴取はここまでにしましょう。よろしいですか、飛田班長」
「そうだな。あまり無理して傷を悪化させてもいけない。もし事情聴取中に倒れられでもしたら、警察への非難がやまないだろうからな」
「それじゃあ坤くんは私が自宅へ送り届けましょう。養護教諭の方から許可をもらってきますね」
そう言い残して、本多刑事は部屋を飛び出していった。
(第4章A2パートへ続きます)
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